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鼻のけもの バナナサンデー第6話

閑散とした朝営業からてんてこ舞いのランチタイムに突入した。
11時50分頃から昼飯目当ての客で店は混み始めカウンターからテーブル席まで埋まった。活気が店に満ちていた。
店主は汗だくで豚のしょうが焼きをフライパンで炒めまくり、若者はランチを運びまくり、殺人的な忙しさに目まぐるしく動いた。
換気扇の下でもガス火の熱気、しょうが焼きのタレの飛沫、揚げ油の熱、店主の体温で鼻のけものは暑くて溶けそうになっていた。
やっとピークタイムが終わり、客が締めのコーヒーを飲み干す頃には店主のシャツは汗出ぐっしょりになっていた。
「ああ、やれやれ」
店主が吐き出すように言った。
しかし、まだ洗い物がてんこ盛りだ。
「いや、ちょっと休憩しよ。洗い物はそれからで」
店主はタオルで汗を拭って言った。
「はい」
若者も汗だくで肯いた。
奥のテーブルにお喋りに夢中の女性ふたり組がいたが、あとの席は空いている。
時計は2時過ぎを指していた。
「カウンターの空いてるとこでまかない食べな。今作るから」
店主は若者にそういうと、冷蔵庫を開けた。
若者は言われた通りカウンターの隅っこに座るとはあ、と息をついた。
鼻のけものは店主の肩でぐったりしていた。
料理人の身体にくっつくのは熱すぎた。
しかも強烈な食べ物の匂いときたら!
(しょうが焼き、なすのフライ、味噌汁の湯気!白飯のむうっとする匂い!)
人間はこれらの強烈な匂いのする食べ物を身体のエネルギーにして生きる。
大変な生き物なのだ。
若者のまかないはランチと同じ豚肉のしょうが焼きとなすのフライだった。
店主はまず白く丸い大きな皿にキャベツの千切りをひとつかみ山のように載せ、あっつあつのしょうが焼きを盛り、脇になすのフライをふたつ盛りつける。
なすのフライの横に自家製のタルタルソースを添える。
そして白い茶碗にご飯をよそい、いんげんと玉ねぎの味噌汁を盆に載せカウンター越しに若者に差し出した。
「お待ちどうさん。味噌汁煮詰まってしょっぱいかもしれんが」
若者は嬉しそうに受けとった。
「すごい。おいしそうです」
しょうが焼きのタレの匂いに唾が湧き、胃はぐるぐる動きだす。
おいしそうに食べる若者を店主はじっと眺めていた。

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