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小説 ねこ世界24

ミケとお兄さんは並んで川を眺めた。
「野良ねこ保護所って何するところ?」
ミケはお兄さんに訊いた。
「それはね、野良ねこさん達が生きやすいようにお助けする所だよ。例えば食べ物を無償で提供したり、相談に乗ったりして、野良ねこさんが楽しく生きれるお手伝いをするんだよ」
お兄さんはよどみなく答えた。
「ふぅん」
ミケは生返事をした。
無償で提供ってなんだろ?
言葉が難しくってよくわからない。
それに楽しく生きれるだって。
生きるのが楽しいわけないじゃない。
毎日、親に邪魔にされて、慕っていた兄は死んでしまったというのに。
この世に楽しみなどあってたまるか。
ミケは仏頂面で地面の草をむしって川面に投げた。
お兄さんはキラキラした目で話した。
「とりあえず野良ねこ保護所って呼んでるけど、保護っていうのも違うかな。もっといい呼び方を模索してるんだ。ねこは皆、平等で誰かが困れば助ける。自分が困れば誰かが助けてくれる。そうするとうまく世の中がまわって、生きるのが楽しくなるはずなんだ」
その話はミケにはるかに遠く自分には縁のない話だった。
自分はこの世からはじき出されている。
何をこのお兄さんは言っているのか。
面白くない。
ミケはまたぶちぶちと草を抜いて川に投げていった。
「きみはお名前はなんていうの?」
お兄さんが流れていく草を見ながら訊いた。
「ミケ」
ミケは吐き捨てるように言った。
「ご両親と暮らしているのかい」
「お父さんとお母さんはいる。でも嫌い」
「ふーん。兄弟はいる?」
「いたけど、皆、死んじゃった」
「そうかー」
お兄さんは嘆息した。
「ご飯なんかはどうしてるの」
「お父さんとお母さんがゴミ漁ったり、万引きしたりして持ってくる」
「万引き?それで食料を手に入れてるの?」
お兄さんは驚いたようだった。
「そうなの。泥棒なんだよ。お父さんとお母さんは」
ミケはやけくそのように言った。
お兄さんはしばらく考えていた。
それからぶつぶつとつぶやいた。
「なるほどなぁ。やっぱり野良ねこさんの生活実態をもっと知る必要があるなぁ。でもそこからどうアプローチしていくかだな…信頼関係をきずかないと対話もできないしなぁ…」
ミケはなんのこっちゃと思いながらお兄さんのつぶやきを聞いていた。
お兄さんの横顔をじっと見つめたミケはこのお兄さんは悪いねこではないという感じがした。やがてお兄さんは手に持っていたチラシをミケに見せ、
「この秋祭りはね、野良ねこさんにも楽しんでもらえるように企画したんだ。野良生活がつらいねこも勉強や仕事ができるようにサポートしてる団体がありますよって知らせたいんだよ。それを広めるためのイベントなんだよね」
お兄さんはミケに熱心に話した。
ミケはやっぱりよくわからなかったが、お兄さんの真心みたいなものはじわじわ伝わってくるのだった。

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