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小説 ねこ世界 最終回

広い母子寮の台所で、ミケとシマは鍋の支度を始めた。そこへおずおずと入寮しているニキが顔を出した。
「あの、私もお手伝いします。こねこ達はタマさんがみてくれてるので、私にも何かさせて下さい」
ミケはニキの顔色をみた。
(よかった。昨日はゲッソリしてたけど、元気が出たみたいね)
ミケは嬉しくなった。
「良かった。手伝ってもらうと助かるわあ。じゃ野菜を切ってもらおうかな」
ミケが言うとニキはにっこり笑った。
危なっかしい手つきで白菜を切っていたシマもほっとした。
「私、お料理全然ダメなんですよ。ニキさん代わって下さい!」
ニキがシマに代わるとあざやかな手つきでタンタンタンと白菜を切っていった。
「おお〜」
シマは目を見はる。
「じゃあ、シマちゃんはコンロとかお鍋を食堂に運んでくれる?」
ミケは肉団子のタネをスプーンで混ぜながら言った。

鍋を囲んで昼食会がはじまる。
休んでいたアヤメもミケの隣に座っている。ミケはアヤメをいたわるようにその背に手をおいている。
所長が立ち上がり、オレンジジュースを掲げた。
「えーわたしは普段、皆さんのお話を聴く機会がなかなかありませんが、昔は野良ねこ支援員として第一線で活動しておりました」
所長が言葉を始めるとタマは大あくびをして、グツグツ煮えてきた鍋の世話をする。
ミケとシマも所長 、話が長いんだよな、いやだなと内心思った。
「最近では、野良生活のねこに加えて、夫の暴力、こねこを抱えて孤立するメスの方の保護なども担い、母子寮を運営しています。弱いこねこやメスのねこが艱難辛苦にあえぐのは、心が痛みます。そのねこ達はなにも悪くないのです。ねこ社会がもっと野良ねこを支援し、どのねこも明るく実力を発揮できる社会をわたしは願ってやみません」
所長は自分の思いのたけを語っていったが、まわりのねこ達はもう鍋を食べ始めていた。
「早く食わねぇと煮詰まっちまうでな」
タマが所長の御椀に肉団子をよそいながら言った。
「いやいや、これはうまそうですな」
所長は苦笑いして座った。 
鍋は二つある。
一つは味噌キムチ味、もうひとつが醤油味だ。醤油味のほうは、シンプルにごぼうのささがきをたっぷり入れ、ショウガの効いた豚ひき肉だけの肉団子鍋。
味噌キムチ鍋には白菜、大根、古漬けキムチ、鶏ひき肉の団子、豚バラ肉が煮えている。
「あんまり辛くねえから」
とタマは言ったが、こねこ達はからい、からいを連発してヒーヒー言った。
「アヤメさんも刺激のあるものはお腹によくなかったわね」
ミケはアヤメを気遣った。
アヤメは食うや食わずで行き倒れになっていたのである。刺激の強い辛い鍋は胃につらいだろう。
「冷蔵庫に賞味期限ギリギリのキムチがあったから、つい入れちゃったのよ」
「じゃあ、こっちの醤油鍋のほうにうどんでも入れてクタクタに煮るか?手打ちうどんがあるんだで」
タマが言った。
「おっいいですな。私、うどんが大好きなんですよ」
所長が言った。
アヤメは困ったように微笑んだ。
鍋からあがる湯気と親子でハフハフものを食べる音。
ものが食べられるということは、ひとまず命の保障がつくということだ。
「それで、みそキムチの方は飯を入れてオジヤにすればええやな」
「わたしオジヤも好きなんですよ」
所長が言う。
あらかた具を食べた醤油鍋にうどんを入れて煮る。
ほとんど鍋に手をつけなかったアヤメをミケは見た。
「大丈夫?つらかったらまた横になる?」
「いえ、お腹空ききってるのに、胸がいっぱいで食べられないんです…」
アヤメは涙ぐんだ。
「スミレちゃんね。昨日は夫がクリームシチューと焼きビーフンを食べさせたわ」
「そうですか…すみません」
アヤメは涙をこぼした。
ミケはアヤメの背中を優しくさすった。
「アヤメさんは一匹でがんばった。これからは私達を頼ってね。もう一匹じゃないよ。うどん食べようか」
クタクタに煮込んだうどんをすすってアヤメはほっとしたように柔らかい表情をした。

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。拙い文章で読みづらい箇所もあったと思います。
それなのに読んで下さった!
感謝しかありません!
あなたにささやかな、良いことがありますように。

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