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ねこの孫4

「お父さん、覚悟しといてね。あんの遊び相手は大変よー。加減ができないから本気で蹴り蹴りしてくるし、爪が細いから痛いのよ」
杏はもうすぐ生後3ヶ月になる。
歯も生えて、猫用のごはんももりもり食べる。動くものにじゃれつくし、紀子のりこの手足は傷だらけだ。
「はあ、お前のそれは名誉の負傷だな」
「めいよのふしょうってなにー?」
紀子の膝の上でふたりの会話を聞いていた杏が言った。
「あら、名誉の負傷は杏には難しくてわかんないわよ。簡単に言うと杏と遊ぶとママ、痛い痛いになるの。でも杏が可愛いいから痛い痛いになってもママは平気ってこと。でもおじいちゃんは年寄りだから、お手柔らかにね」
紀子が杏をなでながら言う。
「俺は年寄りか」
「としよりってなにー」
「年寄りっていうのはよぼよぼのおじいさんのことよ」
「お前、俺はよぼよぼのじいさんじゃないぞ。子供に変なことを吹き込むんじゃない」いわおは紀子に言った。
「それよ」
「なんだよ」
「お父さんは普通に杏のこと子供って言ったわ。お父さんは杏のこと自然に私の子供だって認めてる。洋ちゃんとそこが違う」
「洋一君は何て言ってるんだ」
「洋ちゃんは杏を猫扱い。食い物屋なんだから家で猫飼うのはちょっと…みたいな言い方したし、いまだに私のお腹から出てきたのを疑ってる」
「うーん。そりゃあ…」
巌は唸るしかなかった。
「洋ちゃんは私が子供ができないのを苦に病んで、拾った仔猫を自分の子供扱いしてるんじゃないか…と思ってるのかも」
その方が現実的だろうな、と厳は考える。
「だが、杏は人間語を喋るじゃないか。普通の猫なら猫語を喋るだろ」
「お父さんは頭が柔軟よね。ヘンテコな現実をすぐ受け入れちゃってさ。作家だからかしら」
「そうかなあ」
「そうよ。お父さんが信じてくれなかったら、私、耐えられなかったかも」
「それでか」
「なにが」
「さっき、誰も私の気持ちをわかってくれないって泣いたろう」
「あ、やだなぁ。忘れて」
「大変だよな。さ、弁当食べようか。腹減ったよ」
巌は幕の内弁当のフタを開けた。
「杏のごはんはー」
杏がぴょこんとテーブルを覗きこんだ。
「今、杏のごはん出すからね。ちょっと待ってね」
紀子が優しい声でこねこに言い聞かす。
巌は娘の優しい顔を見て、少し感動した。
そして心の中で死んだ妻に話しかけた。
(見てくれ、響子、紀子が母親の顔をしているぞ。お前にも見せたかったなあ。お転婆で俺に飛び蹴り喰らわせてた紀子が)

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