web2の課題の積み残し
毎日noteを書いていると、それらの内容がどうしても「何があった」とか「これをやった」とか、そういうことに偏りがちだなぁということを感じています。これって小学生の日記とかと同じで、「今日は〇〇をやりました。楽しかったです」みたいな、ありがちな文章を書いているってことですよね。
大人なので語彙はそこそこありますし、文体のおかげでそれっぽく体裁だけは整っていますが、本質的には子どもの作文と何ら変わらないのかも。そうやって考えると、なんだかこれを世界に発信していることが急に恥ずかしくなってきます。
とまぁそんなことを心配していたのですが、よくよく考えたらほとんど読者がいないので、あんまり恥ずかしがる必要もないことに気がつきました。うっかりしていました。
ところで、誰でもインタラクティブにやり取りができる時代のインターネットのことを、web2と言ったりします。インタラクティブというのは双方向という意味ですが、横文字にした方がそれっぽく見えるので、それによって子どもの作文との差別化を図ってみました。もうこの発想が賢くない。
話を戻しまして、web2の双方向性というのは、最もわかりやすい例だと、SNSが誰でも発信できるツールとして台頭してきたことが挙げられます。それ以前のweb1というのは、自ら発信するという性質に乏しく、基本的には利用者がwebページを閲覧し、情報を取得するツールという側面が強かったのです。
それが今やあらゆる個人がインターネットにつながり、双方向にやり取りをしています。そしてnoteというサービスも、双方向性のメディアの一角を担っていると言えます。こうやって、僕のような、どこの誰ともわからない人間が好き勝手に文章を書いて世界に発信しているわけですから、僕自身は非常にweb2的な振る舞いをしている個人でもあるんですね。
で、現在SNSをはじめとしたweb2媒体で様々な歪みが表面化しているのは、web2が広く民主化した結果とも言えます。いろいろ炎上したり叩かれたり、個人情報を流布されたり、枚挙に遑がありません。これはweb2が本当の意味でマスアダプション(広く一般に受け入れられること)を達成したため、リテラシーに関わらず、利用者が多様化しました。その影響が表に現れているのが、今の状況なんでしょう。
僕が現在学んでいるのは、さらにもう一歩進んだweb3ですが、こうやって書いていると、web2の課題も積み残しが多いことに改めて気がつきました。基本的には法整備をweb2の実態に追い付かせるフェーズが今なんじゃないかと思っているんですが、歪みを是正するために、なんかもっとやれることってあるんじゃないか?とも思います。社会が良くなるには何をすればベストか、いろいろ考えられることはまだまだありそうです。
それではまた!
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