名前を呼びたいアイドルがいる

私は韓国アイドルが高1くらいからずっと好きだ。


アイドルが置かれている立場が日本に比べると実力社会であること。音楽やダンスで差別化を図ろうとする点がいかにも「創作」、「努力」を感じやすいため、こちらも様々な切り口で好きになることができるため、愛着が湧きやすいと思っている。


実際に日本のアイドルでも曲調やブランド力、実力などを重視していわゆる「推す」アイドルやメンバーを決めている。

メンバーは選ばれているのだ

さて、その中でも歴代でハマってきたアイドルのいくつかは「サバイバル番組」「オーディション番組」から輩出された、「選ばれしメンバー」の集まりだ。


サバイバル番組はいわゆるオーディション形式がメジャーであり、候補生がグループに分かれ、人気アイドルの曲などを発表することで個々のスキルを披露することでアピールしていくのだ。宿舎で寝食を共にする姿も多く見られる。


私の印象では2018年くらいまではコンスタントに宿舎に密着し、アイドルがどのような生活をしているかを面白く明るいタッチで描いたドキュメンタリー番組のようなものや、メンバーと旅行をして絆を再確認するなどの趣旨の番組が多く見られた気がする。


そのようにして、ステージ以外の姿を見せていくことで「自分は彼ら・彼女らのことを見守っている」という意識や、「素に一歩近づく」感覚から愛着を生み出して、「人柄」からファンの定着や新規ファンの獲得につなげていたように感じる。



最近のオーディション番組は?

produceシリーズのような様々な事務所から集まるグループ結成自体がテレビ局による采配であるものは比較的に最近始まったものだ。


JYPがTWICEを輩出するまでの企画にもなった「SIXTEEN」や、スターシップエンターテインメントMONSTA Xを輩出するまでのサバイバル「NO MARCY」(通称:ノモシ)、BLACKPINKやBIGBANGが所属しているYGでも同様のオーディションが開かれており、
事務所が新たにデビューさせるアイドルグループを作るためのサバイバル番組が今までの変遷を辿ると圧倒的にメジャーなスタイルである。


選ばれる人と選ばれない人がいることが決まっているため、常にどこか緊張感が漂う。一方でチームでの発表になれば協力も必要になり、歩み寄る上で性格が出てくる。

ここまでの流れで、宿舎や練習風景などで先ほど説明した「性格・人柄」の見極めが、ステージでは歌唱力やダンススキルなどの見極めが番組の審査員だけではなく視聴者としてできるため、「大衆受けしている人」を事務所やテレビ側としても見極めることができる。投票制度があれば正確性も増す。
また視聴者が見守る時点でアイドルへの愛着の形成にもつながるため、推していたり好感度が高い候補生がデビューにこぎつけた暁にはファンが離れにくい、推しやすい状態がすぐにできる点も番組を作る側からしたら十分なメリットであると考える。

しかし、メリットもあればデメリットもあるのが常だ。

これらのデメリットは情報に左右されやすい。

いわゆる情報操作や、場面の編集が大きな鍵を握ってしまう。投票操作や悪意がある編集の話が「Produce」シリーズでは何度も上がっており、情報開示を求める動きが過去にあったほどである。


投票という行為は意思表示であり戦いなのです


投票は韓国アイドルを推している(特に本国にいる方)からするとかなり浸透しているのではないかと推測する。
音楽番組が各テレビ局でほぼ毎日放送されており、週間で投票や動画再生回数などをトータルして順位をつける仕組みがあるからだ。

そして、これはアイドルの曲だけが一位をとるわけではなく、並ぶ顔ぶれにはシンガーソングライターやジャンルが違うアーティストも存在する。

これが意味することは、番組で取る一位は「大衆にウケる」とほぼ同等だと言うことだ。

アイドルのファンコミュニティの大きさ、又は何かがきっかけでバズることで動画再生が加速している、など一位になるにはなにかしらの条件があるのだ。


つまり、投票という存在は人気の指標として自分たちが行うことのできる手段の一つとして身近なのだ。
故に、票に不正があるということは番組自体の大きなマイナスイメージとなり、票を優遇されたであろう候補生も、票を不利な数にされてしまったであろう候補生もなにかしらの被害を被る可能性が高まる。

オタクはそれぞれの評価の指標があれど、自分の推しが最高だと思ったからついていくと決めるのだ。
オタクの中で「最強の完璧なグループを作る」という意識だけは共通だ。

汚点のようなものが生まれると、この目的からはずれている邪魔なものだと認識する。当たり前だ。
努力を見ている以上、勧善懲悪の心や一般的な道徳性を持つ人からするとこの努力を成就させなければいけないという使命に変わるはずだ。

努力は身を結ぶものを体現させてくれる存在や姿こそ、それぞれ違う壁に直面しているファンにとっても「努力に意味がある」証明であり、自身への鼓舞にすらなる。生きる力になると言っても過言ではない。

私たちは信念を守るために不正は排除するように動くに決まっている。それぞれの名誉を守るため、そして生きる世界をクリアにするために…!




日本でやってほしいけど、できるかな

さあ、話を戻します。少しビジネス的な面切り込むと、先ほどから何度か申し上げているこの大衆ウケ をするアイドルになるには番組を流すことは「かなり効率がいい」手段なのです。


日本ではあんまりこの形式の番組を見かけません。

というか、音楽番組の数がここまで減ってしまっている点、地形(※①)事務所関係(※②)もろもろを総合してみるとやっても意味がない気がします。

アイドルに実力を求めるという慣習が希薄な限り。

※①(各地で行われるサイン会やイベントの点で考えても、韓国は地形的に広いわけではない点、日本のように複雑な形をしていないことからどこにいても通うことができるのではないかと考えます。某アイドルのように購入した円盤の数と接触イベントの参加に深く関係していきます。しかし、グループの人気の度合いによってレートはまちまちになります。これに関しては実体験がないので憶測になってしまいます。)

※②(ジャ…ーズやハロ…ロのような大手事務所という定義は韓国にもありますが、音楽番組にはデビューした時点で番組に出るようになるため、公平性があるように感じています。
事務所によって作曲チームやダンサー、服装やコンセプトなどの個性が出る部分が番組内で比べられるようにもなるわけです。ケーキ屋さんで様々な種類のケーキを見る感じ。持ち味みたいなものがほんのりわかってきます。多分。
あと、ほとんどの事務所は男性グループも女性グループも抱えているため、事務所を推すという概念も生まれ、より老若男女問わない人気が感じられるのかもしれません。)



BLACKPINKやTWICEは日本の若者から人気だと思います。「そこには遠いところにあるけど確かに存在している」という距離感、特徴的な曲調や歌詞、MVなどの世界観、決してフリフリな服を着るだけではないスタイル、美貌etc…。
様々な装いを見せてくれるということ自体が受け入れられているのかもしれません。



一体何が惹きつけているのでしょうか。


現在NIZI projectをみてる人が周りに結構います。(私は見てません……)
うまくいっているのかはわかりませんが、少しでも応援する楽しさ、ステージの上で輝くことを夢見る男女と出会うきっかけになるといいなとほんのり思っています。


私は日本のアイドルも好きなので、決して今の現状を否定しているわけではありません。

アイドルの見方がもっと多様化して、様々な姿で夢を追う人が増えていけばいいなと感じます。

アイドルは、希望ですよ。みなさん。






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