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ネコと人間の八日間④

ネコはうんちに続きおしっこも必ずトイレに行ってするようになった。プラスチックの容器に木材を加工したチップを入れただけのものが、なぜ排便をする場所だとわかるのだろうか、不思議だ。ひとまずトイレを教えるというミッションはなにもしないままクリアできた。
おしっこをしたあとはブラブラと部屋の中を歩き回る。仕事をする人間の足下を通り、机の下を抜け、コンセントに差し込まれた電源コードをくぐったり噛みついたり。感電する前になにか対策を施さないと。
洗面所や浴室へ向かう扉が気になるようだが、水やら薬剤やらがあって心配なので、常に閉じておくことにした。しかたなしにネコは反対側の押し入れへと向かう。仕事の資料が入った袋や古い機材を詰め込んだ収納ボックスの間を縫うように奥へ奥へと入っていく。今にも荷物が崩れそうで危ない。

急いで押入れの中を整理し、空いたスペースに毛布を敷き、その奥にAmazon箱を置いてみた。ネコはここがかなり気に入ったようで、その夜はそのままその場所でひとりで寝た。人間はちょっと寂しいなと思いつつ、四日ぶりに熟睡することができた。

五日目の朝、人間は5時頃に目が覚めた。ネコの様子を見にいくと、すでに起きて見回りをはじめていた。机の下に置いてあった体重計に乗ると偶然に電源が入った。せっかくなのでと体重を測ってみる。人間用なので細かくは計測できないが、表示は600グラムだった。人間の100分の1以下だ。改めてこのネコの小ささを感じる。

人間はもう少し寝たいと、ネコを抱いて寝室へ戻る。ネコはもう寝る気はないようで、ベッドの上を歩き回っている。逆光の照明によりシルエットになったネコの毛並みをぼんやりと見ていたら、突然全身の毛が逆立ち、「シャー」と声をあげた。こんな声を聞いたのははじめてだ。

なにが起こったのかとネコの視線の先を見ると空気清浄機が。どうやらそのツルツルした表面にネコの姿が映り、それを見知らぬ生き物と勘違いして威嚇しているようだ。思いがけず人間はネコのなかに野生の本能のようなものがあることを知ることができた。

野生の本能といえば、人間は今日、ネコを拾った場所に連れて行ってみようと思っていた。だいぶん元気になってきたので、少しぐらいは連れ出しても大丈夫だろう。その場所を見てネコがどんな反応をするのか見てみたかった。なにかそこに居た理由が感じとれるかもしれない。

夕方、ネコをカバンに入れ、四日ぶりに高架下へとやってきた。ネコはただ不思議そうにキョロキョロと外の景色を見ているだけだった。

いろいろな可能性を考えてみたが、人間の結論は「ネコはあの日ここに捨てられた」ということだった。うちの近所でならば野良ネコをよく見かけ、定期的にエサやりをしている人もいる。片耳の先がカットされているので不妊処置もされているのだろう。
一方、この高架下は交通量の多い道路に囲まれていて野良ネコには住みにくい場所のはずだ。実際このあたりでネコを見かけたことはない。そんな場所に後ろ足の動かないネコがやってくるのは不可能だ。もし仮にこのあたりに住んでいて自力で道端まで出てきたのだとしたら、体を引きずって汚れたり、擦り傷があったりしないとおかしいが、ネコにはそれが全くなかった。保護したときに全く人間を恐れなかったことも、もともと飼いネコだったせいだろう。

あの日、ネコはいったいどのくらいの時間をこの場所でひとり過ごしたのだろうか。その心細さを想像すると震えてくる。
その夜、人間は押し入れに入ろうとするネコを抱き上げ、二日ぶりにいっしょに寝た。

お気持ちだけで十分だと思っていますが、サポートされたくないわけではありません。むしろされたいです。