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#016 The Witcher3・音楽の考察①

僕は"The Witcher"というゲームシリーズが大好きで、何度クリアしたわからないほどプレイしています。ゲームそのものについてはもう説明不要なくらいに有名なので割愛しますが、今回はその音楽についてちょっと触れたいと思います。独自研究を多分に含みます。

DLC"血塗られた美酒"の舞台、トゥサン公爵領の風景

上記のスクリーンショットからもわかるようにとてもリアリティがあり、非常に緻密に作りこまれたグラフィックが数多くある魅力のひとつですが、その音楽も非常に素晴らしい出来です。

ゲームの歴史的背景がいわゆる中世後期にあたる年代なので、ストーリーや武具、庶民・貴族の暮らし、建築物に至るまでその年代に合わせて構想が練られていて、音楽もそれを追求しています。

まず特筆すべき点は、本編、ダウンロードコンテンツ2部を全て合わせると約100曲近くあるのですが、それらの全ての楽曲が、ひとつのキー(調性)によって作られているということ。全てDm(ニ短調)です。

これは作曲家側からすると非常に辛いです。調性の持っているカラーというのは存在していると思っていて、例えばベートーヴェンは「Cm(ハ短調)は悲劇の調性」といって、そういった雰囲気を持たせたい楽曲に用いていた調性だと言います。自分たちも制作する際に、指示書などを見て、何となく「この曲はフラット系っぽいな」とか思ったりすることがよくあります。そういった点から上記の「調性の持っているカラー」というのは気にしつつ制作に当たりますし、作っている途中なんだかしっくりこないな、と思っていたのに、調性を変更してみたらぴったりハマった、ということも少なくないです。

しかし当作品のように調性が全て統一されているということは、調性で差別化をつけたりはできず、またゲームの作風からして、複雑すぎる和声や進行、例えばジャジーなアプローチや、現代音楽的な志向は世界観と合わず、一切使えません。楽器にしても基本的にはアコースティック楽器のみで、シンセサイザーも使えません…これで100曲前後作れと言われたら、もちろん作りますが、しばらくは出涸らし状態になると思います。

話を戻しますが、この"ニ短調縛り"は、実際にはどうやって制作側と作曲家側の間でやり取りがあったのかはわかりませんが、決して偶然ではなく、とにかく世界観の作りこみによるものだと思っています。

何故"ニ短調"なのかは、古楽・中世音楽がお好きな方ならご存じだと思いますが、この時代の音楽は現代ほど複雑化しておりません。そもそも西洋音楽史上でようやく、"ポリフォニー"が開花するかどうか、という時代です。楽器そのものもそれほど発達しておらず、音階も現代のようにユニバーサルなものが確立されてもいません。詳しくは私は専門家といえるほどではないですし、諸説ありますが、いつしか「ハ」の音(C)を基準としたチューニングが考案され、様々な楽器で合奏が行えるようにハ音を基準としたものが増えていったといいます。現代の音階に当てはめると、ハ長調(#♭のつかないドレミファソラシド)でチューニングされたダイアトニックな楽器は、短調であればイ短調かニ短調が無理なく演奏できます。実際、現在も録音などで聴くことのできる古楽や中世音楽は、そのほとんどがハ長調・ト長調・ニ短調・イ短調のいずれかです。特にトルバドゥールなどの音楽で、歌の無いインストゥルメンタル曲に関してはハ長調・ニ短調が大部分を占めています。
このことから、元々「暗黒時代」と呼ばれた中世の世界観や、かなりダークなストーリーを考慮して、長調ではなく短調、つまりニ短調が選択されたのではないか、と自分は考えます。

さて、劇中の音楽にはオーケストラもふんだんに使われていますが、中世以降に成立した楽器、例えば木管ならオーボエクラリネットなどは出てきません(オーケストラの中にはいるかもしれませんが、ソロは取っていません)。また、オーケストラ以外の楽器ではハーディガーディやヴィエール(中世フィドル)、シターンやバロックギター、ホイッスルやファイフ(木製フルート)などが使われています。当然ピアノやチェンバロなどの鍵盤楽器は、上記の理由から全く使われていない、という徹底ぶり。これだけ縛りがあるにも関わらず、素晴らしい楽曲に溢れているというのは、作曲家ももちろんですが、プロデューサーや制作チーム全体の意思疎通とやりとりの産物他なりません。

また、いわゆる「洋ゲー」に当たるこのゲームですが、洋ゲープレイヤーの方ならご存じだと思いますが、この十数年のゲームでは「音楽を鳴らしっぱなし」にしているゲームは少ないです。例えばSkyrimシリーズAssassin's Creedシリーズなどは、特定のエリアに入ったり戦闘が始まったりイベントの際には音楽が流れますが、しばらくするとフェードアウトしていき、環境音のみになることが多いです。国内のゲームで言えば、例えばゼルダの伝説・ブレスオブザワイルドなどがそれに当たります。しかしこのThe Witcherは、基本的に鳴りっぱなしになっていることが多いです。意図的に環境音だけになっている箇所もありますが、上記のゲームと比べると高確率で何かしらの音楽が流れています。個人的には、常に音楽が鳴りっぱなしになっているJRPGで育っている身としては何かしら鳴ってくれている方が好みであるというのも、このゲームが大好きな理由のひとつだと思っています。

この辺りのゲームから色んな形でのインタラクティブミュージックが流行り始めましたが、Witcherも例外ではなく、顕著なのはバトルの際、開始と同時にイントロが流れ戦闘中はループ部分が常に再生されバトル終了とともに曲のエンディングに移行し、曲が終わります。つまり、バトルの始まりと終わりが音楽によっても明確化されています。一般には、曲の途中でもクロスフェードなどでバトル終了音楽なりフィールドの音楽に移行します。この手法はもちろんWitcherのみではないのですが、当時自分は初めてそうした手法に触れたので衝撃的でした。

さらに面白いのは、上記の"ニ短調"縛りがここに活きていることです。全ての曲の調性を統一させることにより、曲と曲の繋がりが非常にスムーズなのです。普通はゲームには様々な調性の曲が入り混じっているので、ハ短調の曲から嬰ヘ長調に移行する、なんてことも当然あるわけです。これは、基本的にはプレイヤーはそれほど違和感を覚えませんし、むしろ普通のことですが、Witcherではそれがないことによって、常に一定のテンションが保たれているのです。これは、このゲームの世界観やストーリーの陰鬱的な部分の表情付けに非常に有効に働いているのではないかと思っています。ともすれば、ゲームとして、イベント以外での起伏を感じにくいと取れるかもしれませんが、このゲームではそれが必要だと思っています中世ファンタジーというと、日本では比較的華やかな剣と魔法の物語…と捉えることも多いと思いますが、実際の中世はそんな美しいものではなかった、という、ヨーロッパならではの感情ももしかしたら加味されているのかもしれません。

長くなってまいりましたのでひとまず今回はここで一区切りをつけたいと思います。次回は、もう少し特定の楽曲にスポットを当てていければ、と思っています。

ここまでお読みいただきありがとうございました!
それではまた次回。

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