見出し画像

短編小説「雨の日は頭が痛くて」

※ふたばさんからのTwitterリプライ「雨」よりー

ーーーーー

雨の音に耳を澄ましていると、インターホンが鳴った。
モニターを見ると彼女が映し出されている。

ーーー
「ごめんね、傘を忘れちゃってさ、たまたま近くだしなと思って…。タイミング悪かった?」
真也はタオルを手渡しながら答える。
「いや、全然大丈夫だよ。どの傘でも借りて行ってよ」
傘立てには4本傘が入っている。麻紀は濡れていない傘を一本手に取るが、
「これにしようと思うけど、その前に少し上がって行っても良い?」
一瞬の間を置いて、
「良いよ、珈琲でも淹れようか」
麻紀は自分の靴を端に避けて、真也のスニーカーを几帳面に揃えてから部屋に入った。

ーーー

甘い香りが珈琲の匂いに紛れていく。
「新しいアロマオイル?」
麻紀はアロマストーンに鼻を近づける。
「いや、芳香剤かな。気に入らなかったらごめん。安かったから」
棚に置かれた芳香剤が目に留まる。
「ううん、そんなに嫌いじゃないよ」
真也はテーブルを拭いてから、マグカップを2つ置いて自分も席につく。
「珍しいね、ホットコーヒーなんて」
「最近凝っててさ」
「真也くん冷たいものばっかりだしね。身体には良いんじゃないかな」

激しさを増す雨の音、淡々とした時計の音、2人が珈琲を啜る音。それだけが世界の「音」であるかの様に、場を支配していた。

しかし支配者交代の時が来る。

麻紀は珈琲を飲み終えてカップを正面からずらすと、真也を見据えた。

「さて、で、何処に隠れているの?"その"子は」

真也はカップを正面に置いて微笑んだ。

ーーー

「なんのこと?」
真也はあくまで表情を崩さない。
「惚けないでほしいな。この部屋には女性がいる。そんなに広い部屋じゃないから、すぐに探せるけど、私は生憎立ち上がって喚く様な真似はしたくないんだよね。だから論理立てて詰めてしまうけど」
「恐いなぁ。そんなに睨まないでよ。この部屋に女の子は君しかいないよ」
「よろしい。では始めましょう」
麻紀は指先を合わせて目をくるりと回した。彼女が思考を巡らせる時の動作だ。真也はその動きが好きだった。

「私は少し前から真也くんの不貞を疑っていたのだけれど」
「男に不貞って言葉はなんだか妙だね」
麻紀は無視して続ける。
「そのタイミングはいつなのかなって思ってた。私と会う頻度は高いし、夜は通話をして眠る。だけどそう、君は雨の日はいつも頭が痛くなると言って、私と会わなかった」
「そうだっけ?まぁたしかに偏頭痛持ちだけど。今だって少し痛いし」
真也がこめかみをさする。
「そして来てみたら案の定、気になるポイントが幾つかあった。一つ目は傘。さっき傘立てには4本傘があった。一人暮らしにしては多いし、一本は濡れていた」
「さっき少し外に出たから」
「スニーカーは濡れていなかった」
真也の笑顔も幾分堅くなってきている様子だった。
空になったカップを持ち上げて、また元に戻す。

「それと、スニーカーは濡れていなかったけど、土間は私が来る前から濡れていたよ。そこに残った靴の跡は、どう見てもスニーカーより小さいものだった。真也くんだってあんまり足は大きくないから、女性のものだと思う」
「それは少し侮辱的だなぁ。それに、もしそうだとして、靴がないなら、この部屋にいるっていう説はおかしくない?そんな子そもそもいないけどさ」
「忘れないでほしいのは濡れた傘。この雨だよ?置いていくわけない」
窓の外を見ると、更に雨足は強まっている。

「お次は香りね。実は部屋にあるあの芳香剤は、私の実家も使っていたから、匂いは知ってるの。部屋に残っていた匂いは、あの芳香剤ではない。珈琲で誤魔化せると思ったの?」
「喉が渇いたな…もう一杯淹れようか?」
「あと少しだし、その後涙でも飲んだら?誰のか分からないけど」
麻紀の鮮やかな切り口に、真也は状況に似合わぬ笑みを浮かべてしまった。
「まだ余裕があるね。最後はテーブル。真也くんがカップを置く前、テーブルを拭いた時に、円形の跡が2つあったの。あれってきっとその直前に置いていたグラスの水滴だと思うんだけど」
暫くの沈黙が続いた。
再び麻紀が沈黙を破り、支配者の座につく。

「これだけ挙げれば充分だと思うけど、認めないなら、ガサ入れしなきゃいけないなぁ。往生際が悪い男はモテないぞ?」
「モテないから浮気なんてありえないね」

麻紀は肩をすくめると立ち上がり、玄関に向かうと鍵を閉め、玄関近くの部屋から隈なく調べ始めた。
脱衣所、風呂場、トイレ、ベッドの下、クローゼット。
残るは奥のドアだ。
「ここでやめておいてくれれば」
「問答無用。問答はさっき終えたはず」
真也を押し除け、麻紀はドアを開けた。
「え…なにこれ」
「だから言ったのに」

ーーーー

ーその時の話を聴かせてくれるかな?ー

僕の「はじめて」は小学生の時だった。
その日も雨が降っていて、その頃から頭が痛かった。
ガンガンと内側から来る鈍痛に耐えているというのは、外から見て分かりづらかったのかもしれないね。
妹は「遊んで遊んで」と僕にまとわりついてきた。
普段だったら遊んであげるんだけどさ。
僕は怒って、妹を突き飛ばしたんだ。
妹はそのまま階段から転げ落ちた。
びっくりして、恐ろしくも感じたけど、同時に頭痛が消えている事にも気付いたんだ。

ーーー

暗い小部屋には、異臭と甘い香りが漂い、麻紀はえずきそうになった。

その部屋は特殊な吸音素材が壁に使われていて、小さな防音室の様だった。

そこに「彼女」はいた。首にはキツくロープが食い込み、その周辺には爪の痕が幾本も刻まれていた。

「君のせいでまた痛くなってきたから、ちょうど良いか…気に入ってたんだけどなぁ」
真也はこめかみをさする。

麻紀は突き飛ばされ、闇へと堕ちていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?