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PPP導入について ー NBAのロードマネジメント対策

プレーヤーズ・パーティシペーション・ポリシー、通称PPPがNBA理事会で満場一致で承認されました。PPPはケガしていない健康な選手が休めないようにするもので、狙いはロードマネジメント対策です。

コミッショナーのアダム・シルヴァーはPPPの発表時に、「これは最終的にはファンのためであり、私たちはこれを行き過ぎたもので、それはリーグのすべての異なるグループからの感触だ。これはちょっとだけ私たちの手に負えないものになってきていると認めるもので、特に、私は若くて健康な選手が休んでいるのを見ると、絶対的に必要な休みとは対照的に、これがどちらかと言うとリーグでの水準であり、特定の日に休むことがNBA選手であることのような考え方が強くなっているように思う。私たちはそこから脱却しようとしている。」と言っています。「全員がこれは問題だと認識していて、ファンにとっても問題だ。」

シルバーが言うように、PPPはファンのためとか、コンプラのためとかとも言われていますが、GMやフロントの中には、それは「うわべを取り繕っただけだ」とか「PR戦術だ」と言う意見もあるようで、NBAの本当の狙いは、(1)再来年に更新される放映権(メディア権)の交渉のため、(2)スポーツ賭博での透明性確保(賭博は急に休まれたりするのは困る)だと言われています。放映権という大金を払うメディアにとっては、数字を稼ぐためにスター選手の存在が欠かせません。ESPNのブライアン・ウィンドホーストはPPPを「これは彼らがTV放映権交渉に入るためだと思う」と言っており、ESPNのボビー・マークスも「これはすべて金のためだ」と言っています。

NBAもCBAを回避して突然このようなルール導入をした事を見る限り、放映権交渉に焦っているようにも見えます。これまでは次の放映権は前回の3倍の9年$75Bは行くのでないかという見方がありましたが、状況が変化してきているようです。大きな理由は現在の放映権保有者のESPNとTNTが苦戦しているためです。ESPNの親会社のディズニーもTNTの親会社のタイムワーナー・ディスカバリーも業績が芳しくなく、ディズニーに関して言えば、株価も放映権$75Bのニュースが出た時の$118.18から$82.73下がり(*9/22時点)、従業員を7000人も解雇しています。また、ESPNやTNTを流すケーブル・バンドルの衰退に加え、あのディズニーがケーブル会社のチャーターとの駆け引きにも負けてしまい、チャーターの条件を飲まざるを得なくなりました。このような状況の中、彼らがNBAに$75Bを払うという予想はもはや楽観的過ぎるとも言われています。次の契約デッドラインまではまだ時間はありますが、ここから数年で経済的状況が劇的に良くなる保証はありません。NBAとしては、PPPを導入して少しでも相手からのつっこみどころを解消して交渉に臨みたいのでしょう。そう言った意味では、今年からインシーズン・トーナメントを導入してTV的に意味あるコンテンツを増やしたのも、次の放送権を意識したものだったのだと思います。

また、NBAのギャンブル収入も年々あがってきていて、前年度よりも11%アップの$167Mになっているようです。チケット収入などに比べるとわずかですが、最初はスポーツ賭博を拒否していたディズニーも参入を表明していますし、税収をあげたい州もスポーツ賭博を解禁していく流れです。そのため、NBAはこれから成長してくる市場も無視はできないのでしょう。ギャンブルではスター選手の出場がオッズを大きく左右しますが、PPPの導入により、オッズが試合直前になって急に変わるような事を回避できるようになります。

それでは、PPPではどのような選手が対象になり、どのようなルールになるのか、内容を詳しく見ていきましょう。

PPPの内容

開始は今シーズン(2023-24)からで、以下に出てくる「スター選手」の定義は、過去3年でオールスターやオールNBAチームに入った選手の事を言う。

1:同じ試合でスター選手は最低ひとり出場させなくてはいけない。

例えば、セルティクスは今シーズン、ケガをしていない限り、ジェイレン・ブラウンかジェイソン・テイタムのどちらかを試合に出さなければいけません。

2:全国放送とインシーズン・トーナメントでは、スター選手の出場を確実にしなければいけない。

例えば、サンズが11/21にブレイザーズとホームで戦い、その翌日に全国放送でウォリアーズをホームに迎えるとします。この2連戦では、ケヴィン・デュラント、デヴィン・ブッカー、ブラッドリー・ビールは、2試合目のウォリアーズの試合を休むことはできません。同じように、ウォリアーズも、ステフ・カリー、ドレイモンド・グリーン、アンドリュー・ウィギンス、クリス・ポールを休ませる事ができません。

3:スター選手が休む時はホームとロードの間のバランスを維持すること。どちらかと言えば、ホームゲームでの休みの方が好ましい。

これはファンを意識したものだと思われます。違うカンファレンスにいるスター選手を見るチャンスは1シーズンで1回しかありません。せっかくスター選手を見るためにチケットを買って数時間運転して来ても、そのお目当ての選手がロードマネジメントだったらガッカリしてしまいます。

4:チームはスター選手のシャットダウンを止めなければいけない。

昨年ウィザーズはタンクするためにブラッドリー・ビールを膝の痛みのため最後の10試合シャットダウンしていました。このような疑惑のあるケガには今後NBAの調査が入ります。

そして、これらのルールを破ると、チームに罰金が科せられます。
・違反初回:$100,000
・違反2回目:$250,000
・3回目以降からは前回の違反に$1Mを加えたものになる。3回目は$1,250,000。

また、PPPはCBAの一部ではないので、罰金は選手には科せられないようです。また、その罰金の半分はNBPAに払われるそうです。


PPP対象選手

今シーズンPPPの影響を受ける「スター選手」は開幕時点で49人います。「スター選手が所属するチームは25チームで、複数の「スター選手がいるチームは15になります。

  1. トレ・ヤング(ホークス)

  2. デジョンテ・マリー(ホークス)

  3. ベン・シモンズ(ネッツ)

  4. ジェイソン・テイタム(セルティクス)

  5. ジェイレン・ブラウン(セルティクス)

  6. ラメロ・ボール(ホーネッツ)

  7. デマー・デローザン(ブルズ)

  8. ザック・ラヴィーン(ブルズ)

  9. ニコラ・ヴチェヴィッチ(ブルズ)

  10. ドノヴァン・ミッチェル(キャヴァリアーズ)

  11. ジャレット・アレン(キャヴァリアーズ)

  12. ダリアス・ガーランド(キャヴァリアーズ)

  13. ルカ・ドンチッチ(マーヴェリックス)

  14. カイリー・アーヴィン(マーヴェリックス)

  15. ニコラ・ヨキッチ(ナゲッツ)

  16. ステフ・カリー(ウォリアーズ)

  17. ドレイモンド・グリーン(ウォリアーズ)

  18. アンドリュー・ウィギンス(ウォリアーズ)

  19. クリス・ポール(ウォリアーズ)

  20. フレッド・ヴァンヴリート(ロケッツ)

  21. タイリース・ハリバートン(ペイサーズ)

  22. カワイ・レナード(クリッパーズ)

  23. ポール・ジョージ(クリッパーズ)

  24. レブロン・ジェームズ(レイカーズ)

  25. アンソニー・デイヴィス(レイカーズ)

  26. ジャ・モラント(グリズリーズ)

  27. ジャレン・ジャクソン Jr.(グリズリーズ)

  28. ジミー・バトラー(ヒート)

  29. バム・アデバヨ(ヒート)

  30. ヤニス・アデトクンボ(バックス)

  31. ジュルー・ホリデー(バックス)

  32. クリス・ミドルトン(バックス)

  33. ルーディー・ゴベアー(ティンバーウルブス)

  34. カール=アンソニー・タウンズ(ティンバーウルブス)

  35. マイク・コンリー(ティンバーウルブス)

  36. アンソニー・エドワーズ(ティンバーウルブス)

  37. ザイオン・ウィリアムソン(ペリカンズ)

  38. ジュリアス・ランドル(ニックス)

  39. シェイ・ギルジャス=アレクサンダー(サンダー)

  40. ジョエル・エンビード(セブンティーシクサーズ)

  41. ジェームズ・ハーデン(セブンティーシクサーズ)

  42. ブラッドリー・ビール(サンズ)

  43. デヴィン・ブッカー(サンズ)

  44. ケヴィン・デュラント(サンズ)

  45. デミアン・リラード(トレイルブレイザーズ)

  46. ドマンタス・サボニス(キングス)

  47. ディアーロン・フォックス(キングス)

  48. パスカル・シアカム(ラプターズ)

  49. ラウリ・マーカネン(ジャズ)

「スター選手」最多はウルブスとウォリアーズの4人です。今年クレイが爆発して、2月にオールスターに選出されれば、オールスター休暇後の2/23から早速スター選手として数えられるようになります。そうなれば、ウォリアーズの「スター選手」は5人になり、シーズン後半の選手の休ませ方が更に難しくなってきます。

例外条件

ロードマネジメントをさすがに若いプライムの選手と年をとった選手を同列に語ることはできません。NBAはベテラン選手に例外を設けました。以下の条件に入る選手は、1週間前までの事前申請で2連戦を休めるようになります。

この特例を受けられる選手は、レギュラーシーズン開幕まで35歳になっているか、3.4万分プレーしたか、またはレギュラーシーズン+プレーオフで100試合出場した場合に限られます。

この例外が適応される選手は7人。

  • クリス・ポール

  • マイク・コンリー

  • ステフ・カリー

  • ケヴィン・デュラント

  • レブロン・ジェームズ

  • デマー・デローザン

  • ジェームズ・ハーデン

仮にレイカーズが1/30にネッツ戦、1/31にニックス戦(全国放送)があったとします。もしレブロンがネッツ戦を欠場すれば、ADは自動的にネッツ戦を欠場できなくなり、全国放送のニックス戦も欠場できないので、2試合連続出場になります。

また、選手のケガの状況次第では事前申請で2連戦のどちらかを休められるそうです。去年右膝のACL損傷から復帰して、更に今年左膝のメニスカス手術を受けたカワイ・レナードがこれに当てはまるかもしれません。ただ、2連戦目が全国放送だったり、インシーズン・トーナメントだったりすると、申請しても許可は降りません。

他の例外条件には以下のようなものがあります。

  • 本当のケガ

  • 個人的な理由

  • 希で通常ではないような状況

  • アベイラブルではないスター選手のロスターマネジメント

  • シーズン最後の自由度

「シーズン最後の自由度」と聞いてもあまりイメージが湧かないと思いますが、簡単に言うと、シーズン最後の意味のない試合での欠場のことです。これが例外になっているのは、すでにカンファレンス順位が決まっている場合、スター選手がそんな試合でケガをしてしまっては、逆にプレーオフが盛り上がらなくなるためだと思われます。

ベン・シモンズのメンタルヘルスは「希で通常ではないような状況」に入るのでしょうか。

NBA調査

NBAは、以下のような状況があった時、自動的に調査が入る条件を設けています。

  • スター選手が全国放送かインシーズン・トーナメントを欠場した時

  • 複数のスター選手が同じ試合で欠場した時

  • 選手の状況に一貫性がない時

気になるのは、どうやってNBAは選手がケガをしているかどうか調べるかです。筋肉の痛みは炎症はどうやって判断するのでしょうか?それに関しては、NBAからもチームからも独立した医者や専門家がメディカル調査をして、欠場が違反かどうか判断していくようです。

PPPの問題点

PPPの疑問点はいくつかあります。

  • スポーツ・サイエンスを無視するのか?

基本的に、選手が休むかはチームのスポーツ・サイセンスが導きだした結果次第です。チームのトレーナーは選手の体全体の筋肉のバランスや強さや動きのデータを取り、筋肉の機能や姿勢、リカバリーのための睡眠などのデータと合わせて、ケガのリスクがあるかどうかの基準を決めているはずです。NBAはその数字相手にどのようにしてケガのリスクがある疲弊した選手の休みを黒認定して罰金を科す事を正当化するのか?。スター選手だからと言って鉄人ではないので、金目当てにスター選手に怪我のリスクを取らせるのは疑問です。それでスター選手がハムストリングのケガでもしたら、ホームどころかアウェーの試合も全国放送の試合にも出場できなくなり、そうなってしまっては本末転倒です。ある研究では、休みの日ごとにケガのリスクが15.6%づつ減少していくという結果もあります。チームの順位にも影響してきますし、調査の正当性をどのように担保するのかの説明が求められます。

ただ、シルヴァーはPPPの発表時にスポーツサイエンスについて、「正直、科学的な結論は出ていない。相関関係はない。」と言い切っています。ちょっと昔の根性論っぽくも聞こえますが、これは逆に言えば、科学的には証明できないので、NBAもチームが出した数字に反論できるデータはないという意味にも捉える事ができます。そうであれば、チームが出した根拠に問題がなさそうなら罰しないという緩いルールになるかもしれません。

ただ、タンクするためにスター選手をシャットダウンさせる事には有効そうです。

  • プレー時間は計画通りに行くとは限らない

もし2連戦の1試合目がダブルオーバータイムになってしまい、スター選手が50分以上プレーした場合、翌日の2試合目を休ませても罰金が科せられるのか?

  • 出場の定義

もしスター選手が2連戦の2試目で1Qの5分しかプレーしない場合はどうなるのでしょうか?これも出場した事にカウントされるのだとしたら、1分だけプレーしてロードマネジメントした場合はどうなるのか?

  • 選手が出場拒否した場合

トレーナーが出場にOK出しても、スパーズ時代のカワイのように、本人には痛みがあり無理だと言うケースも考えられます。もし選手がプレーを拒否した場合でも、チームが罰金を払うのか?

これらの判断はケースバイケースでの判断になっていきそうです。

  • プレーオフのクオリティーを考えているのか

優勝候補チームの目標は、選手全員をプレーオフでピーク・パフォーマンスを出せるように調整しています。スター選手へのこのような負担で、プレーオフで最高の状態でのぞめないのであれば、最高の商品であるプレーオフのクオリティーも下がりますし、それはTVパートナーも喜ばないのではないでしょう。また、チームも優勝を目指しているので、全力でロードマネジメント違反を回避してくるでしょう。チームに反論できるデータがないNBAには、現実的にPPPを厳しく運用する事はできなさそうです。

こうして見ると、やはりウィンドホーストやマークスが言うように、PPPはお金のためのポーズとしか思えません。時代に逆行してサイエンスを無視して選手の負担を強いる割には、選手のケガのリスクや、そこから派生する成績順位に関してはノータッチのため、何か「もやっ」とするものがあります。


本当の問題点

こういった議論の一番の問題は選手の休みを規制するが、その根本的原因を解決していないところにあります。シーズンが長すぎるのです。もっと試合の間隔が開けば、こんなルールは必要ありません。そもそも、シーズンは82試合である事が選手やファンにとってベストだと決まっている訳ではありません。82試合になったのは、オフェンスでもディフェンスでも立ったままだった時代に決まったもので、今のように緩急をつけるために激しく筋肉を使うスポーツには合わないものです。本来なら商品である試合のクオリティーや、働く選手の健康を第一に考えるべきで、試合は1週間に2回くらいするのがベストかもしれません。また、82試合は多すぎて、意味のない試合も多すぎて飽きてしまうという意見もあります。NFLやサッカーのように試合数が減れば、1試合の重要さもあがり、選手も休養十分でプレーのクオリティーもあがるはずです。

ただ、試合数を減らすと試合を減らすと、チケット、放映権、駐車場代、スポンサーシップも減り、BRIも減ってしまいます。そうするとオーナーの取り分だけではなく、BRIで決まってくる選手の取り分も減ってしまうので(サラリーキャップはBRIの44.7%)、選手たちの生活にも影響してきます。選手たちも他選手の事を考えれば、ノーとは言えないでしょう。

コミッショナーのアダム・シルヴァーも、「リーグ全体でその原則に立ち返る事が必要だという認識がある。それは82ゲーム・リーグだという事だ。」と言って、試合数を減らす考えはない事をハッキリさせています。次のCBAの改定は2030年です。少なくともそれまではロードマネジメントの根本的原因は解決されないでしょう。


トリビアトピック

The Finderのトム・ハバストロウが、昨シーズンもっとも「スター選手」が欠場したマーケット(都市)を調査したところによると、欠場率が高い上位5つのマーケットは以下のようになるそうです。

  • オクラホマシティー(39.7%)

  • ユタ(37%)

  • メンフィス(33%)

  • ミネソタ(33%)

  • デンバー(33%)

これだと、オクラホマシティーのファンは5回中2回はスター選手を見れない計算になります。サンダーは昨シーズンホームで24勝17敗して、40勝42敗の成績でプレーイン・トーナメントに進出していますが、ホームでの強さにはこんな影響があったからかもしれません。他の4チームもホームでは勝ち越しています。PPPの導入で、その辺りの数字も変わるのか注目して見るのも面白いかもしれません。


参考サイト:How the NBA's new rules on resting stars will work/Load management has frustrated NBA, fans and TV partners, but will new rules help?

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