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「文藝MAGAZINE文戯7 2019 Summer」に掲載の作品です。 「記念日」のお題で続編を現在準備中です。 ひまわりの庭 1 世界から音が消えた。いきなり耳が聞こえなくなったのだ。 母の葬儀の後、実家の片付けも一段落して、押しかけ同居人の義人と 穏やかに過ごしだしたその後、仕事に戻った一カ月後のことだ。 「やっぱりストレスとかじゃないかなぁ。のりちゃん」 紹介された総合病院での検査結果を眺めながら、幼い頃から馴染の医者は言った。 「お母さん亡くなって どっかで無
「文藝MAGAZINE文戯15 2021 Summer」掲載作品 お題は「船」でした。 掲載前に読んで頂いた方々より 主人公のひとり、女の子の「有理」の在り方についてのいくつかの感想をもらいました。その辺りについて私が感じたことを少し補足としてあとがきに書いておきます。 でも、まず読んで頂ければ嬉しいです。 ◆ 草の波 夕暮れの船 ◆ 「船だ」 自転車を降りて、始めに呟いたのは有理だ。 「おお、船だ」 「船だ!船だ!」 続いて和真、俊平、柊人。僕らは口々に叫ぶと自転
文藝MAGAZINE文戯13 2021 Winter 掲載作品です。 創作後のnoteでのつぶやきは こちら。 ◆OUR HOUSE ◆ ── 何が間違いだったのか * 転勤先で、二人だけの新しい暮らしが始まった頃は楽しかった。 地方都市らしい小ぢんまりした町並みも親しみやすい感じがするし、耳慣れない土地の言葉さえ、新婚生活のスタートにはふさわしく新鮮に思えた。 新しくはないけれど清潔な社宅の部屋。くるくると家事をこなし、やりくりを一生懸命している柚子の様子は、何だか
文戯マガジン2020Winter号に掲載して頂いた一作です。 お題は「薬」。 ◆ マトリョーシカのくすり箱◆ 苦しい時は 水色のおくすり。さあ、落ち着いた。 勇気が出るように 赤いおくすり。お顔を上げて 胸張って。 寂しいときは黄色のおくすり。ほら、もう、笑っている。 * 学校の帰り道の脇に、小さな庭のあるおんぼろな木造の平屋がある。植え込みや軒下には猫が何匹も我が物顔で出入りし、年寄の犬が今やっと目が覚めたような顔をして窓から時折顔を覗かせる。 日南子
2020年3月発行の 文藝MAGAZINE文戯10 Spring 巻頭企画「気づいて、先輩!」掲載作品です。 ◆たすけ舟の家◆その家は「こども110番の家」だった。子供が身を護る時に、頼っていいという「助け舟」になる家だ。 小学校の行きかえり、そのプレートと「大須賀」という表札の並んだ玄関を見るたびに、私は少し立ち止まり、駆け込む自分を想像した。そこには優しいあの人が居て、「どうしたの?大丈夫?」と話を聞いてくれる。私が落ち着くのを待って、温かな飲み物を差し出してくれる。
文藝MAGAZINE文戯11 2020 Summer 掲載の作品です。お題は「あの世」 ◆彼岸の蜉蝣(ひがんのかげろう)◆ ──池の向こう側が彼岸 ──ひがん? ──そう、「あの世」 深く暗い森のような庭の隅にその池はあった。花の時期を外れた蓮池は、水面とそこから突き出す葉ばかりでひっそりとしている。彼女が指さした「彼岸」側の木々の隙間から見える空は、ほんの僅かの間に夕焼けの色を広げている。茜色に染まった世界は引き込まれるように美しかった。 ** 「おさだかなこです