結婚指輪を失くした話⑦
仮病(といっても具合悪いことは悪かったのだけど)を使う日は前もって決めた。
この日は〇〇の手術があるから、この日は〇〇だから、などなど考えて、消去法で12月の最後から2番目の月曜日だけ休むことにした。
1日でも接触を減らさないとメンタルが危ない、という危機感はありつつも、
迷惑かけてもいいから3日くらい休んでやれ、と思えるほど不真面目ではなかったというか、
後期研修医としての成長のチャンスの方を優先したというか。
実は、このズル休みのことは今まで1人にしか話したことがない。
夫や親にさえ言えず、「有給をとる」と嘘をついた。
もちろん、元の職場の人たちや同じ医局の人たちにも言っていない。
正直に話したのは中学のときからの親友だけ。
出向研修が終わってしばらくして、他科の医師をしている彼女とお茶をした際、このことを話した。
つらいつらい出向研修だったが、そのころには少しは笑って話せるようになっていた。
1日だけ仮病使って休んだ
それでお墓参りに行った
そう話すと、
「ちょっといいことしてんじゃねーよ」
とツッコんでくれて、2人で笑ったのを覚えている。
この会話を覚えているから、ズル休みしたこの1日をどう過ごしたのか分かるのだが、実際の記憶はない。
本当に仕事関係以外のことは記憶からすっぽり抜け落ちてて、
病院を出た記憶の次は家でお風呂に浸かっていた記憶があったりなかったり、それから朝吐き気をこらえながら出勤して仕事して、
という感じ。
家ではダラダラと無為に過ごしていて記憶に残ってないだけかもしれないし、実際には夫と楽しく暮らしていたが覚えていないだけかもしれない。
初期研修時代も他の後期研修時代も、どれほど忙しくても仕事のあとに何した、土日どう過ごした、と鮮明に覚えているのに不思議だ。
そんな感じで、記憶にはないのだがズル休みしてお墓参りに行った、らしい。
翌日からは普通に仕事に戻った。
体調のことはあまり覚えていないが、以降は最終日まで一応無事に勤務をこなした。
そして最終日。
話は最初の方に戻る。
ようやく魔女部長から解放され、ウキウキしながら初期研修の元同期たちとの忘年会に向かった。
ブカブカになった結婚指輪に愕然としたものの、そのまま付けていった私は本当に大バカ者だ。
改札を出た時には確かに指輪はあった。
お店に着いた時、指輪がないことに気づいて血の気が引いた。
バッグ、ポケット、はたまたブーツの中まで確認したが見つからず、先に始めててと元同期たちに伝えて駅までの道を戻った。
指輪が落ちてないか目を凝らして何往復もしたが見つからない。
忘年会どころではなかった。
元同期たちのところに戻り、見つからなかった旨を伝え、参加費だけ置いて帰路についた。
せっかくの楽しい忘年会が私のせいで変な空気になってしまって申し訳なかったなと思う。
家の最寄りの交番で紛失届を出してから帰宅した。
夫には正直に話した。
本当に滅多につけない結婚指輪だから、黙っててもしばらくバレなかっただろうけど、嘘をつきたくなかった。
結婚指輪を失くしたと聞いて、夫もショックを受けていた。
こう見えて意外と女々しい。
ひょっとして、優しい嘘をついてあげた方がよかったのかもしれない。
私もしばらくショックを引きずった。
指輪が見つかったという連絡が来る妄想を何回もしたし、翌日も指輪を探しに現場に戻ったりもした。
無意味なことだと分かっているが、ついつい
結婚指輪 失くした
で検索してしまう。
いろいろな体験談や探し方が出てきた中に、興味深い考え方を見つけた。
指輪が厄を持ち去ってくれた
ただの慰めのジンクスのように見えるが、少し救われた。
タイミングもぴったりだ。
つらかった出向研修がちょうど終わったタイミングだった。
きっと、その厄を持っていってくれたんだ
そう思うことにした。
もう少しだけ続く
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