世界でさいしょの木
宇宙が生まれ
地球が生まれ
長い長い年月がたったころ。
地球の一番高い丘に、地球で初めてのかわいいかわいい木のめが生まれました。
木のめは、どんどん成長して大きいりっぱな木になりました。
そして、次々と仲間の木々が生まれ、地球に緑あふれる木の国ができました。
木の国ができあがったころ、そのかわいかった木のめは地球で一番の年よりのおじいさんの木になりました。
おじいさんは大きな大きな太いみきに、どこまでもどこまでも広がる傘のような枝を持っていました。
おじいさんの木がある丘は「幸せの丘」と呼ばれ、美しい森の中央にありました。
そこは一年中、色とりどりの花がさき、たくさんの小鳥がおじいさんの木に遊びに来て歌を歌っていました。
おじいさんが小鳥といっしょに歌うと葉はゆれ、やさしい風がふきました。
その丘は、だれでも幸せを感じられる場所でした。
おじいさんはいつまでもこの幸せがずっと続くと思っていました。
しかし、その幸せが長く続くことはありませんでした。
地球に雨がふらなくなったからです。
木や花はだんだん元気がなくなり、生き物たちのすがたが見えなくなりました。
そんなある日、宇宙から見たことのない不思議なものが落ちてきました。
それは丸や三角、四角にハート、さまざまな色や形をしています。
その不思議なものを木々たちは「宇宙の実」と名づけました。
その宇宙の実はかわいいのにとてもかたく、木に当たってしまうと、葉に穴があいたり、枝が折れたり、たおれたり‥。
何年もたたないうちに、緑にあふれた木の国が、あれはてた木の国に変わってしまいました。
木々たちはこのまま枯れていくことをのぞみませんでした。
「きっと地球のどこかに宇宙の実がふらない森があるはずだ。」
若い木のめがそう言うと、まだ軽い根を土から持ち上げて立ち上がりました。
「さあ、伝説の森をさがしにいくぞ。」
そう言ってなんと歩き始めたのです。その若い木のめの言葉に勇気づけられ、生まれてまもない木のめたちも、四方八方、伝説の森をさがしに旅立って行きました。
幸せの丘のおじいさんの木はどうなったのでしょう。
幸せの丘にも宇宙の実は落ちてきました。
でも、おじいさんの木の葉はとてもやわらかくてふさふさです。
宇宙の実がふった時には、おじいさんの葉はまるで水をはじく傘のようにおじいさんの枝やみきを守りました。
また、地球で一番高い所にある幸せの丘の土は、今までふった雨を地下にたくさんためておくことができました。
おじいさんは雨がふらなくても根からたくさんの水をすいあげることができたのです。
おじいさんだけは、今までと何も変わりませんでした。幸せの丘は今日も平和です。
ただ、一人ぼっちなことだけをのぞいては……。
何年も何年もおじいさんは、昔のように花が咲き、だれかが遊びに来てくれることをねがい待ち続けました。
おじいさんがいつものように目を閉じていると、ずっとしずかだった幸せな丘に小さな音が聞こえてきました。
おじいさんは目を開け、だんだん大きくなる音の方を見ました。
すると、下の方からもうすぐ枯れそうな、つかれはてた若い木が登ってきました。おじいさんはビックリしました。何年も何年も待ち続けた木の仲間があらわれたのです。
若い木はやっと幸せの丘を登りきると、おじいさんの木のみきのそばにこしをおろしてすわりました。
「若いのだいぶつかれているじゃないか。元気になるまで私の下に根をはり休んでいってはどうじゃ。ここは宇宙の実は当たらない安全な場所じゃ。おまけに土は水をたんまりとふくんでいるから、お前さんもすぐ元気になるぞ。」
と、話しかけました。
若い木はとつぜん声がしたのでビックリしました。あまりにもつかれはて下を向いて歩いていたので、おじいさんの大きな木に気づかなかったのです。おじいさんのみきも枯れた木の一部だと思っていました。若い木は、背の高いおじいさんを見上げながら
「ありがとうございます。助かります。これじゃあ伝説の森を見つけに行くまえに枯れてしまうところでした。」
そう言うと、よろこんでおじいさんの木の下に根をはりました。
若い木は、おじいさんの木に守られながら体を休めました。そして、伝説の森をさがして旅をし始めたことや、自分のように歩ける木がふえたこと、食べられる宇宙の実もあることなどをおじいさんに話しました。
おじいさんは、若い木の話をしずかにほほえみながら聞きました。おじいさんがうなずくと枝はゆれ風がふきます。その風は、心地よいやさしい風になり、地面につもっていた宇宙の実をきれいにそうじしました。
若い木が立派なおじさんの木になるまではそう時間はかかりませんでした。おじさんになった木は、おじいさんにおれいを言って、元気に伝説の森をさがしに旅立って行きました。
おじいさんはまた一人になりました。何年も何年もおじいさんは、若い木のような旅人が丘を登ってくるのを、しずかに目を閉じて待ちました。
ある日、何千年ぶりに雨がふりました。雨はすぐ止みましたが、空にきれいな虹がかかりました。
おじいさんは「ひさしぶりに見る美しい虹をだれかといっしょに見ることができたらなんてすてきじゃろう」と思いました。するとねがいが通じたのか、虹のふもとからだれかが歩いてきます。
それは、今までに見たことがないおじいさんくらい背が高い木でした。もうすぐ折れそうなくらいにこしを曲げて歩いています。背の高い木はやっとの思いで幸せの丘を登ってきました。そして、
「すみません、おじいさん。少しだけ休ませてください。」
そう言うと、こしをおろしてすわりました。おじいさんは若い木に言ったように背の高い木にも言いました。
「だいぶつかれているようじゃないか。元気になるまで私の下に根をはり休んでいってはどうじゃ。」
背の高い木は、はるか遠くからおじいさんの木が見えていました。背の高い木は、ふさふさした緑の葉を持つ木を見つけ、伝説の森だと思い登ってきたのです。でも、幸せの丘はおじいさん一人しかいませんでした。
「ありがとうございます。だけどここは伝説の森ではありません。ぼくは旅を続けます。」
と、ていねいにおじいさんの申し出をことわりました。
おじいさんは真面目な背の高い木が気に入りました。背の高い木を元気にしてあげたくて、
「今にもこしが曲がって折れそうじゃないか。栄ようだって足りていないんだろう。そんなにやせてしまってかわいそうに。私の下にいれば元気になる。それから旅に出てもおそくはなかろう。」
と言いました。それを聞いた背の高い木は、
「いいんです。おじいさん。もしぼくがあなたの木の下に根をはり、栄ようをいただいたらすぐ元気を取りもどすでしょう。でも、ぼくはおじいさんの頭に穴を空けなければこしが伸びません。だから大丈夫です。」
おじいさんは心が温かくなりました。自分のことよりも他人のことを考えられる木に会ったのは初めてです。
「ありがとう、ありがとう。いいんじゃよ。少しくらい頭に穴が空いても平気さ。これだけ横に枝が広がっているんじゃ。一つ穴が空いてもどうってことない。」
そう言って、背の高い木を休ませてあげました。背の高い木はおじいさんのやさしさに負け、申しわけなさそうに根をはりました。
真面目でれいぎ正しい背の高い木は、食べられる宇宙の実は水の代わりになるばかりか、枯れた木を元気にするパワーを持っていることや、歩ける木たちはそういう実を拾って、弱っている仲間に食べさせていることを教えてくれました。おじいさんは背の高い木が大好きになりました。会ったことのない木の仲間たちががんばっている様子を聞くと元気になれたからです。背の高い木は元気になるとすぐにお礼を言って旅立って行きました。
おじいさんの頭にはかわいいい穴が一つ残りました。その穴を見るたびに、おじいさんの心の中に背の高い木がいるのがわかりました。おじいさんは一人だけど一人ではないような気がしました。
「今度はどんな旅人が来るのじゃろう。」
いつもよりおだやかな気持ちでしずかに目を閉じようとしたとたん、
「おじいさんおじいさん。」
と、おじいさんをよぶ声がしました。
おじいさんはびっくりして目を開けました。するとそこには、頭に少ししか葉がないぷくぷく太ったみきを持つ元気な木が立っていました。
「ねー、休ませてくれない。私つかれたの。」
そう言うと、おじいさんの返事も聞かずに、おじいさんのみきのすぐそばに、どかっと根をはり自分のことを勝手にしゃべり始めました。
「私は南の国から歩いて来たの。私って多少水を飲まなくても大丈夫なんだけど、歩いていると中おなかがすいちゃって……。とうとうがまんができなくて落ちてた宇宙の実を食べちゃったの。そうしたらこんなに太っちゃった!頭の葉はぬけちゃったけど。アハハハハ。」
と、少ない葉をおおげさにゆらしながら大きな声で笑いました。おじいさんにおかまいなしのマイペースです。
おじいさんは元気な木の話を聞いて「宇宙の実を食べると元気になると言う話は本当だったのじゃな」そう思いました。
元気な木はおしゃべりが止まりません。幸せの丘に来るまでに、いろいろな国の木に出会って知らない世界の話を聞いたこと。さい近はテントウムシやアブラムシなど小さな虫を見るようになったこと。いつもおもしろおかしくおじいさんに話を聞かせました。少しうるさいけど根っから明るい元気の木のおかげで、おじいさんは毎日楽しく笑ってすごしました。
元気な木は、幸せな丘の土から栄ようをたくさんもらえるのでどんどん背が伸びました。背が伸び始めたら大変なのはおじいさんです。葉が少なく枝がむき出しの元気な木は、おじいさんの木の枝をバリバリと折り始めました。太いみきはみるみる太り、おじいさんのみきにぶつかるようにもなりました。
優しいおじいさんですが、さすがにきゅうくつで仕方ありません。おじいさんは、
「そろそろまた旅に出てはどうじゃ。」
と元気な木に言いました。元気な木はおじいさんにそう言われ、ハッと気がつきました。
「おじいさんの幸せの丘は、い心地が良くてついつい長いしちゃったわ。ここにいたら、伝説の森へ行けなくなっちゃうわね。ありがとう、おじいさん。」
元気な木は冒けんが大好きだったのです。それをやっと思い出した元気な木は根を上げ旅立とうとしましたが‥。
「いたたたたた。」
元気な木は、全く動くことができません。
「どうしたのじゃ?大丈夫かな?」
おじいさんが元気な木にたずねました。
「わーん。おじいさんの根にからまったみたい、動けないわ。」
と、言いました。それは大変です。おじいさんも根を動かしてみました。すると、おじいさんが動くたびに、地面が大きくゆれるのです。
「これはこまったな。地面がゆれては仕方ない。元気な木よ、ここにずっといてはどうだい。少しせまくても仕方あるまい。」
おじいさんがそう言うといつもの元気な木が、おいおいと泣き始めました。
「私、同じ場所にいるなんてまっぴらごめんなの。私は自由がいいのよ。」
そう言いながら、何年も何年も泣き続けました。おじいさんはこまりはててしまいました。おじいさんの木は、枝ばかりか心も弱っていきました。元気な木が元気でなくなると、そばにいるおじいさんも元気がなくなるのです。
しかし、悲しいことばかりではありませんでした。元気な木が泣き続けるので、おじいさんの木の下はいつもしめっています。そのおかげでいつのまにか、おじいさんの木のまわりに草や花がまた咲きはじめました。
おじいさんは、きれいな花を見るたびにだんだん元気を取りもどしました。相変わらず元気な木は泣いています。
そんなある日、ひさしぶりに幸せの丘を登ってくる旅人をおじいさんは見つけました。旅人は遠くからでもよくわかる背の高い木です。おじいさんはあの背の高い木がまた幸せな丘にもどってきてくれたのだと思い、大きく枝をゆらしながら合図をしました。それに気づいた背の高い木も、たくさんある葉を大きくゆらしながら応えてくれました。
しかし、背の高い木が幸せの丘を登りきる前に、おじいさんはあの背の高い木とは別の木だとわかりました。
「こんにちは。初めましておじいさん。遠くからぼくに気づいてくださりありがとうございます。ぼくは杉の木と申します。」
そう言っておじいさんにていねいにあいさつをしました。やはり、背の高い木はれいぎ正しいようです。
杉の木はおじいさんにあいさつをするとすぐに、そばで泣いている元気な木にも話しかけました。
「何かおこまりですか。先ほどからずっと泣いていますが。ぼくに何かできることはありますか?」
元気な木は、ひさしぶりに木の仲間にやさしく声をかけてもらえてうれしくなりました。でもなみだは止まりません。泣きながら今までのことを杉の木に話して聞かせました。
「ほうほう。それでは動きたくても動けない、自由がなくなったから泣いているのですね。」
杉の木はそう言うと、しばらくの間、空を見上げて考えました。
そして、とつぜん大きく体をゆらすと、笑顔で二人に話しかけました。
「かんたんですよ。お二人とも動けばいいのです!」
それを聞いた元気な木は、やっと泣くのをやめ杉の木にたずねました。
「おじいさんが立ち上がれば私も歩けるようになるの?」
「そうですよ。土の中ではからまった根は身動きできませんからね。地上ならば根も自由になりかんたんにほどけるでしょう。」
元気な木はとてもよろこびました。そして、
「おじいさん、おじいさん、早く早く。せーのでいっしょに立ちましょう。」
と、おじいさんをせかし始めました。
おじいさんは考えました。地球に生まれてから何億年も幸せの丘にいます。立ち上がるなんて考えたことがありません。こないだ少し動いただけで地面がゆれました。もし根を持ち上げたら、もっと大きく地面はゆれるでしょう。でもこのままでは、おじいさんも元気な木もおたがいをきずつけ、いつかは枯れてしまうかもしれません。
「私はどうしたらよいのじゃろう。」
おじいさんはだまったまま考えました。それを見ていた杉の木が言いました。
「おじいさん。おじいさん。地球はすてきな所ですよ。おじいさんも旅をしたらいかがですか。」
杉の木がはげましてくれるので、おじいさんは自分が何にまよっているのかを話しました。
「私が動いたら地面はゆれるじゃろう。みんなにめいわくがかかる。」
それを聞いた杉の木は明るく言いました。
「大丈夫ですよ、おじいさん。木の国はおじいさん以外みんな歩いています。もし地面がゆれて、みんながたおれたとしても、すぐ立ち上がることができるんですよ。」
おじいさんはおどろきました。地球でずっと何もせず何億年も動かなかったのは、おじいさん一人だけだったと初めて知ったからです。
「幸せな丘」は幸せです。何もこまる事はありません。だれかが来てくれるのを何年も何十年も何百年も待つ日々。それで幸せでした。でも他の木たちはちがいました。自分から動いて仲間をさがしていたのです。そして、おじいさんのいる幸せな丘よりも、もっともっと幸せな国をさがして歩き続けました。たとえ宇宙の実がふって自分がきずついても、水がなくても……。
元気な木がずっと泣いていた理由をおじいさんはやっとわかったような気がしました。おじいさんは杉の木に言いました。
「地球で一番年よりの木の私が、一番地球のことを何も知らないんじゃな。そして、一番勇気がなかったんじゃ。」
と。
おじいさんは元気な木に言いました。
「少しゆれるけど大丈夫じゃよ。私も立ち上がるからね。ヨイショのかけ声でいっしょに立とう。」
「そうこなくちゃ、おじいさん。」
そう言って二人は、大きなかけ声とともに立ち上がりました。
おじいさんの木の根は、深く深く地中に伸びていました。やはり、地面は大きくゆれましたが、しばらくするとゆれはおさまりました。おじいさんと元気な木のからまった根もするりとほどけました。
「わーい、やっと歩けるわ。自由よ、自由〜。」
そうさけびながら、元気な木は二人にろくにおれいも言わず、幸せの丘をかけ下りて行きました。
おじいさんが地面に立つと、それはそれは高い高い木になりました。あまりにも高く、地球をまるまる自分の枝の傘でおおってしまうくらいです。でもそのおかげで、宇宙の実から木の国以外も守ることができました。
また、おじいさんの根があった地面から、水がこんこんとわき出てきました。それは川となり丘を流れ、低い土地に大きな大きな美しい湖を作りました。木の国の木々たちは雨がふらなくてもこまらなくなりました。
おじいさんの木の下で杉の木がさけんでいます。あれだけ背の高い杉の木が、今は小さく小さく見えました。
「おじいさーん。そこから幸せの丘のまわりを見てくださ〜い。」
おじいさんは杉の木の言う通り幸せの丘のまわりを見わたしました。
「こ、こ、これはどういうことじゃ?」
おじいさんは、あまりにもおどろいて声がふるえました。おじいさんの幸せの丘のまわりには、たくさんの草花と、緑あふれる森が広がっていたからです。まるで宇宙の実がふる前の木の国のようです。
杉の木は、おどろいているおじいさんに聞こえるよう、大きな声でさけびました。
「おじいさんの枝は長い年月をかけて横に伸び、幸せの丘の下にある木の国をおおってくれました。ぼくたちは、おじいさんのやわらかいふさふさとした葉で宇宙の実から守られて育ちました。多くの木の仲間たちが元気なのはおじいさんのおかげです。今日はどうしてもおじいさんにおれいを言いたくて……。ぼくは幸せの丘を登ってきたんです。」
おじいさんは杉の木の話を聞きながら、幸せの丘の下に広がる木の国を見つめていました。
そうです。旅人達がさがしていた伝説の森をおじいさんは何億年もかけてつくり上げていたのです。
おじいさんが動かなかったことはむだではありませんでした。
おじいさんは気がつくとなみだを流していました。
そのなみだはやさしい雨になり、木の国のかわいた土をうるおしました。
おじいさんは、笑顔で木の下にいる杉の木に話しかけました。
「ありがとう。杉の木さん。
私がつくった伝説の森や知らずに守ってきた木の仲間に会いに行きたくなったよ。
そして、幸せの丘より幸せな国をさがしに行こう。地球のことをもっと知ることができるしな。
私もやっと動く時が来たようじゃ。」
杉の木はそれを聞いてうれしくなりました。
「すてきです、おじいさん。おじいさんに会えたら木の仲間たちもきっとよろこびます。
おじいさんの根は長いので歩くときに気をつけてくださいね。
幸せな国がみつかりますように。」
杉の木に見送られ、おじいさんは長い根を持ち上げさいしょの一歩ふみ出しました。
そして、おじいさんの知らない未知の世界へ旅だったのです。
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