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不安定さは魅力になり得るか。

2022年2月12日。この日は初の関西イベント。しかも作品リリースイベントではなく、アパレルブランドSOXSOCKSさんと漫画ふたりエッチのコラボのポップアップストアの盛り上げ役としてお声がけいただいた。大役かつ全く予想できない流れに緊張していたが、実際に会場入りするととんでもない失態を犯すことになる。そうなった理由は相変わらずの自信のなさだった。


「お客様はなんで私を応援いたいただいてるんですか?」

昨日初めてお会いできたお客様何名かに、私は尋ねた。ひどすぎる。
なぜこんな不躾な疑問が口から出たのか、それは最近特に自分の強みが見つけられず自信を持てないからである。だからといって聞き方があるだろ。

せっかく大切な時間を割いて、今日を楽しみにいらしてくれたかた。
中には新幹線や深夜バス、車を飛ばして来てくれたかた、仕事を早帰りして大汗かいて走ってきてくれたかた、本人が都合で来れない代わりにご家族が代理で伝言してくれたかた。
笑顔でご挨拶した。ありがとうございますと伝え、マンツーマンで服選び。

「最近の作品いかがでしたか?」
「剣道の格好良かったね!」
「え!最新作!!見てくれたんですか?ありがとうございます!」
「もちろんだよ!ところで毎月チェキ付の限定版買うのが大変でさー、今月はなんとか間に合ったよ。今までチェキ付は2回買えてるんだ!」

そう話してくれたお客様は、輝いていた。
胸からギュッと音がした。こんなに一生懸命応援していただいてるのに、今自分は何を返せているだろう。顔が崩れそうになるのを堪えて、お客様に鏡の前で服を合わせる。

「これだと丈が長いですね。アメリカサイズだからMが丁度いいかも!お!この色似合いますね♪」
「へー、普段暗めの色ばかりで、こんな服は持ってないなぁ。ひびきちゃんが言うならこれにするよ!」
「よーし、じゃあ次は小物を……」

お会計を済ませ、購入特典の2ショットチェキ撮影へ。ふたりエッチのゆらさんの等身大パネルが中央にある撮影スペースへ向かう。
「どんなポーズにしましょうか?」
「えー、ひびきちゃんにお任せするよ。」
照れ臭そうに言って、付き合ってくれるお客様。
「じゃあ初対面だからベタにハートにしましょう!」
何枚か撮り、椅子に座ってサインとメッセージなどを目の前で書き込む。お客様の名前、私のサイン、今日のメッセージ、場所、あとは……と考える顔を目の前で穏やかに眺めてくれるお客様。
「日付も入れて…わーい!できました!見て!初めての2ショット写真!これから2枚目、3枚目と一緒に増やしていきましょう!」
「こんないっぱい書いてくれたの?ありがとう。そうだねー、リリースイベント開催されたらまた来るよ!」
「ありがとうございます!お願いしますっ」
スタッフさんが次の特典を促すため間に入る。
「あの、今回私物サインもありますが何かお持ちですか?」
「はいはい、今荷物から出しますー……これに書いてもらっていいですか?」
差し出されたのは、まだ夏目響ではなかった時のデビュー作『名前はまだない。緊急発売 AV出演』。 実は先日もこのDVDを見たばかりだった。1週間前に秋葉原で開催だった初イメージ作の発売イベント。何度か開催いただいたAVリリースイベントでは中々私物サイン特典がない中、この時も貴重な機会だった。
まただ。ギュッ。胸から音がした。だが無視して、ケースが開いた状態のDVDを受け取る。
「はい、これにサインですね!ケースの上から書きますか?それとも中の紙を出して書いたほうがいいですか?」
先日でDVDにサインを書く場合のお作法を学んだ私は、噛まずに提案する。
「あー、ならケースから出してからがいいなぁ。」
「わかりましたっ!デビュー作、懐かしいなぁ……」
書き込みながら会話をする。
「うん、僕これでひびきちゃんを知ったんだよ。あの日お店入って商品探してたら、……ん?ナマエハマダナイ?ナンダコレ!?ってびっくりしてさ!」
その瞬間、勝手に口が動きそうになった。
──今も私を応援いただいてるんですか?
(いけない!これはさっきも何人かに聞いて、返事を考えさせて無駄な時間を作ってしまう質問だ。もうやめろ。穏やかに進めるんだ、ひびき。黙れ。)
脳内の私に諭された。ハッとして堪え、違う話に繋げる。
「え!そうなんですね!ありがとうございます。そうだ聞いてください。今度の春で2年になるんです!」
「2年?そうかー、そんな前になるかー」
手元のデビュー作と私を見て、意外そうなお客様。
「お陰様で……Aさんがその日に作品を買ってくれたから今日まで何とかお仕事できてます!」
「またまたーもう人気者でしょー」
「いえ、ギリギリですよー。今日も……事前告知頑張りましたが厳しいです。少しへこんでます。イベントは実際に足を運んでくれるおひとりずつが本当に大切ですっ」
「そうかー、特に関西はこれからだね!」
そろそろお時間ですとスタッフさんに急かされる。商品袋を持ち、店先へ。
「Tさん今日本当にありがとうございました!」
「僕もありがとう。来られて本当に良かったよ。実は迷ったんだ。こういうの参加したことなくて恥ずかしくて。でもまた関西来てくれたら参加するよ!」
「私も初めてお会いできて嬉しかったです!また今年中にお会いしたいです!その時は絶対来てくださいね!私もそれまでお仕事契約続けらるよう頑張ります!」
「いやー、大丈夫でしょ〜時々女優さんでそんなこと言ってる人いるけど本当なのかなって思ってるよ」
「んー、昔とは違いますから毎日崖っぷちです☆」
嘘だーあははーと互いに笑いながら、心の底で一気に悲しくなる。現実。だがここは控え室ではない。明るく振る舞う。
互いに会釈しながら手を振り合う。
優しいお客様。私の姿が小さく見えなくなる最後まで器用にゆっくり後ろ歩きをしてくれた。これではどちらが見送りかわからない。お茶目な人だった。

このお客様には聞くのを堪えたが、その前の2人には我慢できず声に出してしまった。
「なんで私を応援いただいてるんですか?」
痛々しい疑問だ。それを聞いたところでどうする。案の定、2人とも困らせてしまい会話が途切れる結果となった。

ありがとう。ごめんなさい。ありがとう。ごめんなさい。思い出すと自責の念にかられる。本当に申し訳ない。一瞬でも気分を立ち止まらせてしまうなんて。

自分の強みとはなんだろう。昨年の終わりまで怒涛の毎日だった。喜怒哀楽が詰まった濃厚で粘度のある青い液体に浸かり、とにかく溺死だけはしないように年末までバタバタ泳いだ。人によってはみっともなく滑稽に映っていただろう。内外によらず前向きな評価も批判的意見も、両方いただいた。流れにしがみつくので一杯だったため、自分の強みとは?これからどう努力すれば良い?という対話ができないまま今日まで来た。

彼女というキャラクター。彼女とはもちろん自らのことだが、完全一致はしない。私と夏目響は全くの同一人物ではない。これはデビュー時からずっと抱えている気持ち悪さ。AVのドキュメンタリー作品はその作品内の物語である。大衆小説やテレビドラマの主人公と同じ。今の歪みの理由はこれが大きい。

昨年の暮れ、AV観賞が趣味というかたとプライベートでお話した。だが若干会話がズレる。その時気づいた。私は今、ただの人でもAV女優の夏目響でもなく、あのデビュー作の中のキャラクターとして見られているんだと。それは小さいが明確な差だった。非はないのに胸がズキンと痛んだ。色々な出演作品の話なら何の違和感もなく話が弾んだだろう。例えばコンビニ店員、社長秘書、コスプレイヤーなど。でも違った。実はその人も時々AV出演者をしているため、発売までの往々な過程を承知だろうと勝手に勘違いしていた。ならばこちらから話す訳にもいかない。その日は演じ切った。帰り道は何故か申し訳なく思いながら俯いて歩いた。

でも夏目響のことは私も大好きだ。優しさと強さを持つ素敵な女性だと思う。不器用なのは見て伝わってくる。その辺は自分と重なる。時々危うさにハラハラさせられる。生真面目さとお客様を大切にする心には尊敬している。
それに何より、デビュー作の彼女を作ってくれた関係の皆様にも、見つけてくれたお客様にも感謝してもしきれない。そのキッカケがあったから今日までなんとか命をつなぐこともできている。いつもありがとうの気持ちは失ってはいけない。見つけてくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。だからこそ生き続けたい。ではどう生きれば良いのだろう。

先日1年ぶりに出演させていただいたラジオ番組。夏目響のエゴサーチをしていると、ある視聴者さんの感想が目に入ってきた。その内容が的を得ていて参考になった。
〈夏目響さんがゲスト出演で楽しみにしていたがキャラが固まっておらずいまいち魅力が分からなかった。声は良かった。〉
それだ!と声が出た。漠然とした不安の1つを、知らないどなたかが文字にしてくれた。定まらない方向性。夏目響といえば◯◯◯がない状態。それが未だ『名前はまだない。』の印象が強い所以かとハッとさせられた。

彼女はどんな人なんだろう。

知人に悩みそのままに尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「その不安定さが夏目響なんじゃない?定まってないから色々な役ができるのかもよ。そのままでも良いと思うけど。」

……………………

私はこれからどんな立ち居振る舞いをしたらいいんだろう。
ずっと苦しいまま、以前と変わらず不安定な中身でもシンプルに「関わる全てを頑張る」で行くか、方向を模索するか。

AV女優としての夏目響とどう歩んでいくか、私はそう遠くない内にその答えを見つけたい。

大切な皆様、こんな弱音を最後まで読んでいただきありがとう。
いつも支えてくれてありがとう。一生懸命頑張りますので、これからも仲良くしてもらえますように。にこ。

もうすぐ春ですね。


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