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サイコパスバー「社会の扉」<ソルティドッグ>

■だいたい「20代後半」辺りから同級生や同期、または後輩に追い抜かれ肩を並べていた仲間の「出世」を目の当たりする。 これは「格差社会」の第一歩となる序章に過ぎず、この気持ちを味わい初めて「社会人」として名乗れるのだ。 筆者談


ジョウは今、天を仰いでいる。

首を左右に「コキコキッ」鳴らし、天井の照明を観ながら「あるお客」の愚痴を聞き流している。


もともと「寡黙」な性格で落ち着いているジョウは、人から何故か「聞き上手」だと思われている。

だが実際のところ、そうではないのだ。

大抵の「愚痴」のような話は「右から左へ」受け流しているのだ。


しかし、目の前のお客はそんなことはお構いなしで、ひたすらジョウに「愚痴」を話し、ストレスを発散している。


閉店まで後1時間。

お客はこの男性1名と、奥のテーブル席に中年男性がもう1名。

まだまだ長い夜になりそうだ。


このお客は現在 大手企業の「インターンシップ」として働いている23歳だそうだ。

そしてこのお客の抱えている「愚痴」の内容は下記の通りであった。


■男の愚痴
・あの会社はクソだ!
・ゴキブリ共の巣窟だ!
・ブラック企業だ!
・雑用ばかり押し付ける!
・仕事をわざと増やす!
・定時で帰してくれない!
・上司がキモイ!

等など「務め先」の不満という不満を口にしていたが、どこか「具体的」ではなかった。

例えば「・あの会社はクソだ!」と言っているが、どんなところがクソなのかが分からない。

まさか会社が「糞」でできている訳ではないだろう。


そして「・上司がキモイ!」と言うが、どんなところがキモイのか。

部分的なのか、はたまた「上司」という「肉体四肢」全てがキモイのか。


とにかくこのお客の「会話レベル」の低さに少々嫌気が差してきた。

ジョウは眉毛を八の字にしながら時間の過ぎるのを待っていた。


その時

男性客
「店長、何か無いですか?意見!」

案の定、いつもの流れになってしまった。

なんでいつもこうなるんだろうか・・・。

ジョウは先週「あるカップル」を怒らせてしまって以来「20代」のお客に意見を言うのが嫌になっていた。(前エピの<モスコミュール>を参照)

ましてはこのお客は素性の分からない「一見さん」である。

場にそぐわない意見を言って、また気分を損ねさせてしまうのではないか。

ジョウは「自分の意見」を言うのをためらっていた。

男性客
「店長、意外と人生経験浅いんじゃないですか?」「遠慮せず何か言って下さいよ。」

男性客は少し酒に酔っており、軽くジョウを煽り絡んできた。


この時、この男性客が発した言葉の中の「遠慮なく」という部分が、ジョウの心の中の「自制」という膜を突き破り、ダムの決壊の如く「自我」が開放されてしまうのだった。


ジョウ
「私も・・私もサラリーマン時代がありました。」「そのサラリーマン時代のあなたと同じぐらい若い頃、色々と辛く厳しい現実を味わいました。」「そう、あなたの言う雑用/雑務ばかりやらされて18~20万程度の給料で深夜まで働いていた時期がありました。」

男性客はジョウの過去の話を聞き、少しずつ「共感」し始めた。

ジョウ
「ですが、今だからこそ言えますが、雑用は実はとても重要な仕事なんです。」「私の経験上、雑用ができない人はメインである仕事もできません。」「つまり雑用/雑務もメインである仕事も両方できる人が、周囲から仕事ができる人と評価されるのです。」「では、あなたは周囲にどう思われていますか?」

男性客の表情が少しづつ強張ってきた。

ジョウ
「あなたは雑用をナメてますよね?」「そんなあなたはきっといい加減な気持ちで雑務をこなしていることでしょう。」「雑務ができない=仕事なんてもっとできない、というレッテルを周囲に貼られていることでしょう。」

そしてジョウはここで「とどめの1撃」を浴びせる。

ジョウ
「インターンシップとは実際に雇用した際に、個人と企業との間で何らかのギャップが生まれるのを抑制する為の労働制度ですよね?」「ならもう答えは出ているじゃないですか?w」「あなたは今、ギャップを感じている。」「おそらく務め先も。」「もう明日から仕事に行っても無意味な不毛労働ですよ。」「辞めるのが身のためです。」「まぁ、それを感じていても大企業の社会保険/厚生年金の前で涙を流し正座でマスターベーションする気なら止めませんがね。」

ジョウは我慢していた分、いつもよりも「過激」な発言をしてしまった。

長い便秘でやっと出た「硬い糞」のように、紙いらずのスッキリした快感のようなものを感じていた。

やはり「我慢」は良くない。

特にジョウのような「精神」に疾患がある人間は尚更である。


男性客
「カネを払って酒を飲みに来て、まさか説教されるとは思わなかった。」

男性客はブツブツと文句を言いながら「会計」をすまし、逃げるように帰っていった。


またお客が減ったのかも知れないな・・・


ジョウは去って行った男性客は、きっと「肯定」されることを望んでいたのだろうと思った。

だが自分には「共感性」や「場の空気を読む」感性が欠落している。

これは客商売をしている以上、とてつもないハンディキャップである。


このままでは店が潰れるかも知れないな・・・


ジョウがネガティブに思いふけっている時に、今まで存在を消していた「奥のテーブル席」の中年男性が話しかけてきた。


中年男性
「私もマスターと同意見ですよ。」

中年男性はそう言い右親指を立てて「いいね!」をしていた。


その中年男性は数分前にジョウが作った「ソルティドッグ」を飲んでいた。

ソルティ

この社会で生きている以上、不平不満は誰だって持っている。

皆なにかしら「我慢」しながら生きている。

その「我慢」から抜け出すには「責任」という重圧を持たなければならない。

「責任」から逃れたいなら月給取りで「我慢」しろ。

子供の頃に描いていた場所に、今は立っていなくても「現実」を受け入れろ。

お金が無くても生活レベルが上がらなくても「心は錦」でいろ。

そして会社のしがらみに「我慢」し、耐えしのぎ「定年」を迎えてみろ。

それはもしかしたら周りから「称賛」される凄いことなのかも知れないぞ。


ジョウは先程の男性客に向けて、心の中で「エール」を送っていた。


「寡黙」

ソルティドッグの「カクテル言葉」を彼に贈ろう。


<ソルティドッグ>終

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