時そばチャレンジと名付けたいと思う
学生の頃、スーパーのレジ打ちのバイトをしていました。
お客さんは老若男女、一見さんから常連さんまで色々な人がいました。
「中でも印象的だったのは?」と聞かれたら、こう答えたい というのがひとつあって、今回はそれをお披露目したいと思います。
それは、「時そばを再現しようとしたお客さん」です。
「時そば」とはなんぞや という人のために説明しますと、古典落語のひとつです。
「そばをたぐる」所作が有名なので、その部分だけなら知っているという人も多いかも。
まぁ、レジでの出来事なのでね。そのお客さんがやろうとしたのは、そこではなくお勘定の場面です。
以下、知らない人のためのあらすじ。知っている人は読み飛ばして下さい。
屋台のそば屋でそばを食べる男。使っている箸を褒め、器を褒め、そばの具を褒め…とにかく褒めまくる。
食べ終わってお勘定。代金は十六文。
「ちょっと細かいんだ、手ぇだしてくんな」
と言う客。そば屋の手に一枚ずつ銭を出していく。
「一、ニ、三、四、五、六、七、八、大将今何時(なんどき)でぃ」
「九つです」
「十、十一、、、十五、十六、ごちそうさんっ」
「まいどあり」
みごと一文ちょろまかすことに成功した客。
それを見ていた別の男、これは使えると後日マネするも……なんやかんやで失敗する。
そのお客さんは、四十代くらいのおじさんで、仕事帰り風のスーツ姿ではなく、ラフな出で立ちだったと思います。
お会計の前に腕捲りなんかしちゃったりして、なんとなく勢い込んだ雰囲気。
で、やってくれました。
「ちょーっと細かいから、手ぇ出して」と言って、
一枚ずつ小銭を出し、
唐突に「お姉さん、いま何時?」と聞いてきました。
それで、わたしはどうしたかというと、
ふつーにトレーにお金を出してもらい、
ふつーに「○時○分です」と答え、
ふつーに過不足なく代金を受け取りました。
……なんにも乗ってあげられなくてごめん。
当時は「時そば」の「と」の字も知らぬ小娘だったので許してほしい。
でも、分からないなりに お客さんの「何かやりたいことがある」というオーラはひしひしと感じていたので、「何がしたかったのかな」という思いと共に強く印象に残りました。
そして数年後、謎が解けます。
とある日常の電車内だったと思うのですが、
寄席で見た「時そば」の記憶と レジでの謎のやり取りの記憶がふっと結びついて「あー!」と思います。
「あー!あのおじさんがやりたかったのは、時そばだったのか!」
今世紀最大のアハ体験に小躍りしたくなるも、電車内なので我慢。
でもちょっと挙動不審だったかもしれない。
あのお客さん、常連とかではなかったので、
どんな人なのか、その後どうしたのか、全然分かりません。
でも、何かで「時そば」を知って、やってみたくなっちゃったんだろうな とは想像できる。
やってみたいと思って、本当にやっちゃうフットワークの軽さが微笑ましいです。
しかも、「知ってやりたくなり」「マネしてやってみて」「失敗する」って、まんま「時そば」の筋と同じで、落語好きの心をくすぐります。
今でも思うのは、「時そば」を知っている状態で、あのお客さんに出会っていたら?ということ。
「知ってますよ、時そばですね!」と盛り上がったか、
知らん顔したフリで「九つです」と乗ってみたか、
でも やっぱり小心者だから、ふつーに接客したかもしれない。
お客さん的には、どんな対応を期待してたのかな?
あの時以外にも、「時そばチャレンジ」したことあるのかな?
もしもまた出会えたら、聞いてみたいことはたくさんある。
でも、あのお客さんは以後現れなかったし、
わたしもレジの仕事はやめてしまった。
今となっては、真相は闇の中。
あ、でも ひとつだけ、確実に言えることが。
「壷算」じゃなくてよかった。
m(_ _)m
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