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【掌編小説】ABダンス

「初めまして」

 Aは言う。

「初めまして」

 Bは返す。

「踊らないんですか?」

 Aは訊く。

「ちょっと酔っちゃって」

 Bは答える。

「こういうところ慣れてないんですか?」

 Aは慮る。

「はい、……お恥ずかしながら、今日が初めてです」

 Bは微笑む。

「初めてだとどうしたらいいか分からないですよね。あ、お隣失礼します」

 Aは隣に腰掛ける。

「そうなんですよ。いつもより飲んじゃって、でも帰るには早いし」

 Bは溜息を吐く。

「よければ、私と踊りませんか?」

 Aは誘う。

「お誘い嬉しいんですが、済みません。もう少し休みます」

 Bは断る。

「いえいえ、こちらこそ不躾に済みません」

 Aはこうべを垂れる。

「踊り方も分からないですし、ご迷惑をお掛けするだけかと」

 Bは補足する。

「自分が踊りたいように踊ればいいんですよ」

 Aは笑う。

「自分が踊りたいよう……」

 Bは考える。

「そうです、ほら」

 Aは手を伸ばす。

「やっぱり、済みません」

 Bは断る。

「難しく考えすぎですよ」

 Aは励ます。

「そうですかね」

 Bは思う。

「そうですよ」

 Aは賛同する。

「どうしよう……」

 Bは悩む。

「あ、連れが来たようです。私はそろそろ、おいとまします。無理に誘って済みませんでした。今日の残りも楽しめたらいいですね」

 Aは行く。

<少しだけ、踊りませんか?>

 Bは言葉を飲み込む。

 Bは頭を下げる。

 Bは頭を上げる。

 Aはもういない。

 Bは瞬きをする。

 Aはやはりもういない。

 Bは立つ。

 Bは一人で踊ってみる。

 Bは一人で足を振る。

 Bはつまらないと思う。

 Bは踊りをやめる。

 Bは頭を上げる。

 Aはもういない。

 いない。

 夜だった。ディスコの光が目に痛い。鈍痛が頭まで響いた。酔っているからかもしれない。もしくは、淡い別れが痛みになっただけかもしれない。時計を見る。日はまだ変わらない。小さな咳をする。周囲を見渡した。誰もいない。携帯の通知を確認する。あと一杯だけ飲んだら帰ろうと決める。

 振動が足を震わす。

 頭を上げる。

 Aはもういない。

 Bは一人で踊る。

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