保健室へ通うことはやめた
前回記事から日があいてしまったけど、
小1娘と保健室登校を一ヶ月ちょい続けたあとの話。
毎回迷いながらも「今日は行こっかな・・」と、週2ペースで保健室へ通っていた。が、前回記事に書いたように、あまり進展の手ごたえはなく、風邪で1週間体調を崩してからは全く行かなくなった。
娘は「もう保健室にも行かない」と言ったし、私も無理に学校へ行く必要はないなと思えてきて、学校へ行くかどうかの声かけもやめた。
もともと私に「絶対学校へ行かせたい!」という強い意思はない。ただ、学校の良さもまだ感じられていない一年生だし、今サポートすることで、娘が一人で学校に行ける手助けになるなら!と思っていた。が、一緒に通ってみて、娘には学校は合わないかな〜とも思えた。
ちょうどこのタイミングである人の言葉を聞いたのも、声かけをやめた理由のひとつ。
昼間にやっているアート講座があったので、娘と行ってみたときのこと。
1回目は先生が用意してくださった紙粘土をして過ごした。もくもくと作品を作る娘。次回も行くか聞くと、「行く」と言う。
2回目は画用紙と絵の具を用意してくださっていた。「今日はこんな感じでやってみましょう」と先生がやり方を教えてくださったあと、娘は絵を少し描いて、手をとめた。
「・・・紙粘土がやりたい」
・・・!!!?
私はあたふた。「紙粘土はお家にあるから、お家でやろう」小さい声で娘に伝える。せっかく先生が用意してくださったのに、何を言い出すんだ・・ここは家じゃないんだよ・・
先生にももちろん聞こえており、「そっか~紙粘土は今日はないんだ~」と仰った。そして少し間をおいたあと、「もしかしたらあるかもしれないからちょっと待っててね」と、わざわざ買いに走ってくださった。「娘ちゃんがやりたいことをやろう」と娘の気持ちを尊重してくださった。
あとで娘が手を洗っている隙に、先生に「せっかく材料を用意してくださっていたのにすいません」と謝ると、「この業界はみんな自由人ですから。みんな好き勝手やってる人ばかりです笑。そのときやりたいことをやるのが一番いい。」と笑って仰った。
・・・私もそう思う。そう、そう思うんだ。子どもにはやりたいことをやってほしいと思っている。好きなことをして生きてほしいと思っている。
そう思いながらも、やっぱり公の場では右に習うことを求めていたかもしれない。
私自身のことを振り返ると、右に習ってばかりで生きてきた。学校へ行きたくないなんて、思ったこともない。先生の言うことに従う。先生の期待通りのことをする。そこに材料が用意されていれば、他のことがやりたいなんて絶対言えない。言われたことを言われた通りにやるだけ。
やりたい習い事なんてひとつもなかったのに、たくさん習い事をしていた。どれもそこそこにしか上達せず、楽しくなかったのに、ダラダラ続けていた。(友達も習っていたから、友達と通うのは楽しかった!)親を説得して辞めたい、という強い意志すらなかった。
与えられたものはできる。みんなと歩調を合わせることもできる。指示に従うこともできる。でも、やりたいことなんて今も見つからなくて、つまんない人間だな〜と思う。
社会で生きていくには、もちろん社会性が必要だけど、これからの時代は個性の方がより一層大切だと思う。個性を大切にしてから、社会性を少しずつ身につけていけばいいんじゃないかな。
この出来事が重なって、ますます「学校は行けたら行けたでいいけど、行けなくてもいい」と思えた。
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