「世の中の人が思う“クラシック”と、業界の人が思う“クラシック”の架け橋になりたい」──カルテットフレスコヴェッセル 新アルバム『アニソン・オン・クラシック!』リリース記念インタビュー
弦楽四重奏でアニメやポップスのアレンジ作品を演奏している「カルテットフレスコヴェッセル」。長らく楽譜の参考音源の収録をメインとした活動を行ってきましたが、このたび新レーベル「Luminote」から、自主制作のアルバム『アニソン・オン・クラシック!』をリリース。ナクソス・ジャパンが配信流通を行う運びになりました。
そもそもの結成のきっかけは? アニメ曲の弦楽四重奏アレンジの極意は? カルテットへの想いやこれからの展望は?
カルテットのメンバーである舟久保優貴さんと澤田香萌さん、そしてLuminoteレーベルのオーナー&編曲担当の三國浩平さんにお話を伺いました。
ニューアルバム『アニソン・オン・クラシック!』
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Stone Music Recordsより、カルテットフレスコヴェッセル演奏の2タイトルも配信中です。
『弦楽四重奏で奏でる スタジオジブリ作品集』
『弦楽四重奏で奏でる ヒットアニメソング集』
カルテットフレスコヴェッセル インタビュー
2024年4月
場所:東京 ナクソス・ジャパンオフィス
聞き手/文:Shoko Hori 写真:Hiroyuki Nagato
●“アニメ曲を弾くカルテット”結成のきっかけは「偶然」?
────カルテットの皆様は同じ桐朋学園大学のご出身ということで、たいへん勝手ながら「大学内で出会ったアニメ好き仲間」なのかな?と想像しておりましたが……
(澤田香萌/ヴィオラ)実はぜんぜん違います(笑)2018年ごろ、株式会社ストーンシステムの音楽関連事業部であるストーンミュージックさんが、ポップスの参考音源を演奏するメンバーを探していて、たまたま日程や条件が合って集まったのが私たち4人です。
当時はすでにリーダーの舟久保優貴は卒業していて、他の3人は在学していましたが、みんな学年も違うし、面識はあったりなかったりでした。なのでスタジオに行ってその場で「あっ、はじめまして」という人もいたり……。
あまりにぎこちなくて、1回きりでおしまいかなと思っていたのですが、何ヶ月後かに続編を録りたいというお話をいただいて、また集まって、また次のお話が来て……と、あれよあれよと続いていった形です。
(舟久保優貴/第1ヴァイオリン)そのうちカルテットの名前が必要だという話になり、「カルテットフレスコヴェッセル」という名前をつけました。「フレスコ」は"フレスコ画のように長く残る"、「ヴェッセル(船)」は"音楽という広い海に出ていく"という意味がこめられています。
────三國浩平さんとは、どのような経緯で一緒に仕事をすることになったのでしょうか。
(三國浩平)僕はケーエムワークス という屋号で音楽制作事業をしており、その仕事の一環としてストーンミュージックのお手伝いをしていました。あるとき先方から、何か攻めた自社製品を作りたいというお話があり、それなら弦楽四重奏、しかもクラシック音楽ではなくポップスのアレンジの楽譜を出したらどうかという提案をしました。吹奏楽はアレンジものの楽譜が既にたくさんありますが、弦楽器も同じように需要があるのではないかと考えたんです。
その提案が通り、自分がその企画をプロデュースすることになりました。最初は楽譜ソフトから書き出した音を参考音源にしていたのですが、生演奏の音源に変えたときの反響を確かめたくて、このカルテットの4人を集めるに至りました。
────プロデューサー、エンジニア、アレンジャーである三國さんのご活動の幅が活かされたお仕事ですね。
三國さんはもともと東京音楽大学の作曲科のご出身ということですが、どのように独自のキャリアを切り開かれたのでしょうか。
(三國)僕がいた作曲科は、実はクラシック音楽ではなく商業音楽を学ぶところでした。他の音楽大学の作曲科では、4年次の卒業制作でオーケストラ作品を作るところが多いですが、僕たちはスタジオを3日間自由に使ってアルバムを作るのが卒業制作の課題でした。作編曲だけでなくプロジェクトづくり全体を学んでいく学科だったので、そこから大きくかけ離れた仕事をしているという感覚はあまりないです。
────桐朋学園大学も東京音楽大学も、クラシック音楽をしっかり学ばせる大学というイメージがあったので、みなさまのご活動をとても意外で面白く感じています。
(澤田)桐朋学園の場合、学校の基本的な教育方針として「世界に通用するクラシックの音楽家を輩出する」というのがありますし、2、3歳で音楽教室に入って20年以上を桐朋学園で過ごして大学院まで出る、という人もいます。アニメを見るな、漫画を見るな、J-POPやロックなんて音楽じゃないと言われて育てられてきた子も周りにいました。
ただ今は多様性の時代ですし、だいぶ変わったと思います。このカルテットに関しては、私も含めて全員が大学から桐朋に入っているので、そのバックボーンの違いもあるかもしれません。
(舟久保)私たちの在学中は、「演奏してみた」動画が大流行した時代でもありましたし、ポップスの演奏に偏見を持つ学生は昔ほどにはいなくなっていたかなと思います。学園祭でもスター・ウォーズの曲を演奏したりしていました。
●「アイドル」のカルテット・アレンジはここが難しい!
────カルテットのみなさまは、全員がアニメ好きなのですか?
(澤田)私は、子どもの頃はアニメをよく観ていました。
(舟久保)私はめっちゃ好きです!私と、第2ヴァイオリンの鈴木響香ちゃんはアニメ好きでかなりオタクです。でもチェロの鈴木海市くんはそれほどでもないし……ある意味で中庸というか、バランスが取れているかもしれないです。
(澤田)みんなオタクだと喧嘩しちゃいますからね(笑)
────今回のアルバムの選曲はどうやって行ったのですか?
(澤田)ビデオ通話をしながら進めました。まずは候補曲のアイデアをいっぱい出してそれから絞っていったのですが、ライトなアニメファンでもわかる曲と、アニメファンが喜ぶ曲を両方入れようと心がけました。選曲の作業では、メンバーのアニメ知識の差がすごく役に立って、「海市くんでも知ってる曲」「澤田でも知ってる曲」「舟久保と鈴木響香が『いいっすよね、これ!』と言える曲」という3段階に分けてバランス感を調整していきました。
────舟久保さんが、オタクとしてこれはぜひ入れたい!と思った曲はどれですか?
(舟久保)私は「ゲキテイ(檄!帝国華撃団)」(トラック5)を推していました。昔かっこいいCMもあったし、当然知ってるやろ!というつもりだったのですが、みんなの反応は最初ちょっとイマイチで……アレ?
(三國)「知ってるでしょ!」と歌われても、澤田ちゃんと海市くんはわからない、という(笑)
(澤田)でも、このカルテットでの活動を通して新しい曲に出会うのも楽しいです。
────選曲にあたって、弦楽四重奏へのアレンジのしやすさは意識されたのでしょうか?
(三國)何も考慮していないです……!なので、大変な曲もありました。特に「アイドル」(トラック1)はラップで始まるので、それを考慮したら絶対に入らない曲です(笑)
(舟久保)三國さんならなんとかしてくれるだろうと思って入れました(笑)でも出来上がった楽譜を見たら、音程のところに「楽譜に書かれた音の通りじゃなくてもいいですよ」みたいなことが書いてあって……
(三國)ふわ~っと。それっぽく聴こえればOKって感じで。
もともと原曲の「アイドル」はオケが打ち込みで作られていることもあり、ある意味で人間的ではない、脈絡なくテンポが変わっていくところが "いまの音楽"っぽくてかっこいい作品です。でも、これを人間でやろうとすると本当に難しくて、できるだけ演奏しやすい形に仕上げようと試行錯誤しながら編曲しました。
(舟久保)「アイドル」は、結成初期に演奏していたら息が合わなくて大変だっただろうなと思います。4人の空気感とか、「ここでこの人は少し速くなるだろうな」とか、そういうことがわかっている今だから演奏できる曲だと思います。
────長く活動してきたゆえの手ごたえですね。ほかにそういう曲はありますか?
(三國)今回のアルバムには、今村愛紀さんの編曲作品が3曲収録されているのですが[「残酷な天使のテーゼ」(トラック4)、「前前前世」(トラック6)、「君の知らない物語」(トラック7)]、これはストーンミュージックですでに出版されており、このカルテットでの録音は2回目なんです。特に「残酷な天使のテーゼ」は5年ぶりくらいの再録音ということもあり、カルテットとしての成長を感じることができて感慨深かったです。テストテイクの時点でもう「ぜんぜん違う!」と思いました。
(澤田)5年の間にスタジオ録音に慣れたこともあるかもしれませんね。
(舟久保)あ、でも私は今回、「キューティーハニー」(トラック3)の最後の部分がイヤでした……。
(澤田、三國)イヤ!?(笑)
(舟久保)この曲のラストに、全員が16分音符の音を受け渡しながらわーっと駆け上がっていく部分があるのですが、いちばん最後が私なんです。前の3人が完璧に決めていくなか、リレーのアンカーである私が落としたらテイクが全部無駄になるんだと思うと……。
(三國)でも、このチームはずっと和やかな雰囲気なのがいいところだと思います。演奏会は失敗しても本番は1回で終わるけど、レコーディングって成功するまで終われないので、弾き続けなきゃいけないんですよね。なので、ピリッとした空気になってしまうケースもあったりします。
(澤田)このカルテットには、「私、失敗しないので」みたいな人がいないので(笑)
(三國)それにしても、出来上がった録音を聞いてみたらあんなに苦労したって全然わからないよね。さらっと弾いてる感じ。
(舟久保)結構ボコボコにされた記憶があるのに……???
●“何でもできる弦楽四重奏”で何をやっていきたいか
────三國さんがおっしゃったとおり、ピアノやオーケストラや吹奏楽と比べると、弦楽四重奏でアニメやポップスのアレンジを演奏するのは珍しいのではないかと思います。ただ、弦楽四重奏による編曲作品が歴史上なかったわけではなくて、たとえば18世紀や19世紀もオペラの人気曲などを弦楽四重奏のアレンジで演奏する機会がたくさんあったはずです。ですので、みなさまがいまこうしたご活動をされているのはすごく自然だと感じます。
(三國)弦楽四重奏はミニオーケストラなんですよね。けっこう何でもできる。音域も広いですし、編成としてはたぶん一番表現力と機動力が高いのではないでしょうか。やろうと思えばなんでもできてしまう編成だと思います。
あと、このカルテットの場合は、演奏する4人と編曲者が別であることも良いのかもしれません。プレイヤーのなかで誰かが編曲をするとなるとその人の負荷が高くなってしまいますし、二人三脚でこっちは演奏、こっちは編曲、という形なのでうまくやれている面はあると思います。
────これからのご活動をどのように考えていますか。
(澤田)このカルテットにとって2024年は激変の年で、1月にこのアルバムの録音をして、2月にはじめて演奏会を開催してクラシック作品を演奏しました。それによって主体的にやるべきことも増えたので、自分の活動のなかでこのカルテットが占める割合が大きくなっています。
周りを見ても長く続いているカルテットは少なくて、在学中に組んでも卒業して解散してしまうところがほとんどです。メンバーが地元に帰ったり、留学したり、方向性の違いが生じたり。そういうなかで5年以上安定してやれていることにすごく価値を感じています。だからこそ、このカルテットを今後どういうものにしていきたいか、自分がどう関わりたいかを考えるタイミングだと感じています。
(舟久保)いままで何となく流れでやってきたことに向き合わなければならないと思っています。私はやっぱりこのカルテットが好きで、10周年を目指して続けていきたいので。でも、私は演奏会にしてもアルバムにしても、あんまり考えずに、面白そうと思ったら「やろう~!」と言っちゃうタイプで……。
(澤田)で、私は理詰めでズカズカ指摘するタイプなんです。採算どうするの? どういうスタイルでやるの? クラシックの業界で堅い仕事をするにあたって、アニソンのアルバムを出してても大丈夫? とか。でも話し合う機会を経て、グループとしての方向性が見えたと思っています。
────「やろうよ」って言う人も、ツッコミを入れる人も、どちらもグループには必要ですよね。
このカルテットに託している夢や野望などはありますか?
(舟久保)私は本当に目指せ20周年だし、中年になっても続けたいし、いつかコンサートツアーをやりたいなとも思っています。
(澤田)クラシックはやはりすごく敷居が高いものだと思われていますし、普通科に通っていた高校時代には、弦楽器はお嬢様が弾くものだよねと言われたりもしました。ただそういうなかでもクラシックに興味を持ってくれる子たちが周りにいたというのが、今の自分の音楽に対する考え方に大きく影響しています。
世界に名だたるヴァイオリニストでも、一般の人にとっては「誰それ?」なわけで、そういう人にとっては有名なヴァイオリニストよりも、身近にいる私たちが「ヴァイオリンやってるんだ」と口に出す影響力のほうが大きいケースもあるんです。私はクラシックの敷居を下げるべきとは思いませんが、広げたいとは願っていて、このカルテットで弾いている曲はそういう自分の思いにぴったりはまっていると感じています。カルテットでの活動を通じて、音楽業界を賑やかにする役割を担いたいです。
────お話をお伺いしていて気がついたのですが、このアルバムのタイトル『アニソン・オン・クラシック!』の“クラシック”という言葉の使い方が面白いなと思いました。クラシックの専門家やファンは、クラシックというのはクラシックの様式で書かれた楽曲のことだと考える。でも多くの人にとって、クラシックというのはクラシック楽器で演奏された曲のことなんですよね。
(三國)アルバム名の仕掛けに気づいてくださってうれしいです。クラシックの世界に親しみがない方には、弦楽四重奏という言葉が伝わらないので、使わないようにしようと思いました。クラシックの世界にいる人にとっては違和感があるネーミングかもしれませんが、あえて世のなかのイメージの方に寄せて命名しました。
(澤田)この「クラシック」というワードが、世の中の人が思う“クラシック”と、業界の人が思う“クラシック”の架け橋になりたいになればいいなと思っています。
────ニューアルバムのリリースに加えて、これからのご活動を楽しみにしています。ありがとうございました。