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213..

部屋に入るとえもいわれぬ違和感を感じた。
光の…いや匂いの質が違うのだ…。
義妹が肉を嫌いな理由としてよく口にする「生臭い錆びた鉄」のじっとりと湿った匂いなのだ。

つけっ放しのモニターの中で男根を咥えた女が白々と浮いている。
頭を掴まれ喉深く咥え込まされた生々しい嗚咽が、女のすべてが吸い取られたかのように悲しく聞こえる。

以前私はある理由で様々なバイトを行っており、もう8年ほど前だろうか…ラブホの24時間メーキングに入った。
市中心部の閑静な高級住宅街の外れに異彩を放つラブホ街、初めてのホテルだった。
24時間、食事以外はほとんど休みなしのメーキング…。
ベッドメーキング、ジュータンの掃除機がけ、浴室磨き、洗面台・トイレ磨き、使用済み備品全ての入れ替え…、一部屋の清掃の時間はわずか15分。それをたった二人でこなす。
久しぶりのメーキングは直ぐに膝と腰に出た。浴槽を磨き、水滴が流れるタイルの壁と天井を拭く動作が以前のような速さでできないのだ。その時やはりこの仕事はもう無理かもしれないと感じていた…。

部屋の汚れ方はその部屋の利用客の隠れた人間性を露わにする。
ほとんどのベッドは乱れに乱れ、精液が流れ出したゴムやテッシュがゴミ箱にも入れられず投げ捨てられ、テーブルは飲食物とタバコの灰で汚れ、使用済みの備品が散らばり髪の毛がべっとりと張り付いた洗面台…。
そして血だらけのベッドも多い。生理中でも利用するお客はほとんどが街中では普通の顔の人々だ。デルヘル嬢などの玄人は生理中は決して仕事をしないからだ。
普通の男女が使用した部屋ほど獣的な…肉欲の匂いが充満しているのだ。

213..
この部屋だけだ利用が少なかった。いや、なぜかフロントがあえてこの部屋に客を入れなかった…。
ある深夜、満室になったため、この部屋に40歳前後の女性と50代後半の男が入室した。
ハックヤードの監視モニターに映る女性は控えめに身なりの整った男の少し後ろに立っていた。本来ならばきっと美しい微笑みの口元は緊張気味に固く閉じられていた。この時間帯には珍しいタイプの女性だった。
朝方タクシーを希望する電話があった。タクシーがついた連絡を入れると男は女性の腕を掴み、会話もなく、押し込むようにタクシーに乗せ慌ただしく発って行った。

朝方は客が少ないためメーキングの時間の余裕がある。TVのリモコンをOFFにし少しゆっくり部屋中を見渡す。ベッドはさほど乱れていない。ドレッサーも浴室も汚れてない。ただテーブルの上に大きめの紙包みがあった。
持ち込みの食べ物の残りを捨てたのだろうとその包みを開くと…汚れたサランラップの塊があった。よく見ると黄味がかった半透明のゼリー状的な中にベットリ大量の毛と明らかに血液らしきものが混じっていた…恐らくほとんどは陰毛だ。ただ量が多い。そしてこの血液は……

パートナーの女性が「わっー、やだー、気持ち悪い!」と顔をしかめた。そして「この部屋は変なことばかり、ホント嫌だなー」と呟いた…。
私はその呟きが気になり理由を聞いた。
そうか… この部屋は男の身勝手な欲望の末…ある女性が無惨にも殺された部屋だったのだ。
私は特に霊感が強いわけでもない。ただ…部屋に入った時の違和感はそのためだったのか…。
私は開いたままの包みを両手にただ天井を見上げるしかなかった…。

ここは中途半端でやりきれないフェイクな天国なのか…
解決しなかったあの事件の女性の見つからない涙は、いったい、どこに染み込んだのだろうか…。

213…
あの時…私の脳の襞に重い数字が刻まれた…

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