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リバティの薔薇…咲いた頃…

確か1970年の夏が終わる頃…まだ17の頃…

休日の新宿の人混みの中、新宿三愛を目指して急いだ
新宿高野の前を通り過ぎると鼓動が激しくなった
息切れではなく体中が興奮していたのだ
3丁目の交差点
今はもう姿を消した新宿三愛の階段を駆け足で上がるわたしがいる…

2階の婦人服のフロアーの奥の方が下着売り場だった
フロアーには沢山の若い女性がいた
わたしは立ち止まり少し急ぎ目で深呼吸し…
洋服が並んだ中を…若い女性たちの間を下着売り場に向かった
前から横から…後ろからも怪訝な視線が刺さった…


下着のコーナーに着くと脇目もふらず若い女性の販売員に歩み寄り

「ショーツは何処ですか…?」

とあえて少し大きめの声で聞いた


販売員の女性はやはり驚いている。じっと見つめている…
そして私の全身を目で追いながら


「ここは女性物しか置いてないのよ。男の子は三越か伊勢丹じゃなきゃ」

と少し小声で話しかけてきた


「いえ、女性物でいいいんです。女性物で…」


声と共に身体も微かに震えるの感じた…
でも彼女の目は見続けた…
コーナーにいる若い女性たちがひそひそと観察している…

「歳はいくつ? お姉さんか誰かにプレゼント頼まれたの?」

もう一人の販売員もやってきた

「あっ…17歳…」
「いいえ…そうじゃなくて…ショーツを見たくて…」

販売員の1人がレジカウンターの中に入り
電話に手をかけ誰かと話している…
今度は少し年配の女性が「どうしたんですか?」とやってきた
若い販売員2人が説明を始めた
棒のように立っているわたしの身体中が汗ばんでいる…
わたしは何か良からぬ雰囲気を感じ思い切って言った

「ぼくがデザインしたショーツを見たいんです」


その言葉にさらに驚いたのか
3人の販売員は顔を見合わせながら私の全身に目を走らせている…

「ぼくがデザインしたショーツが、もうここで販売されているって聞いて…」
「あなたがデザインしたの?」
「はい。ぼくが初めてデザインした… だから見に来たんです」
「あなた…が? あなたがショーツをデザインしたの?」
「はい。ぼくはテキスタイルデザインをやってて…その初めてのデザインが商品化されたって…」

わたしは自分がテキスタイルデザイナーの駆け出しで
初めてデザインした生地で商品化されたショーツが販売されたので
それを見に来たと吃りながらも告げた…
理由をできるだけ細かく細かく説明した…
3人の販売員はその説明で納得したのか表情が柔らかくなり
若い販売員の一人がコーナーに案内してくれた

「あなたのデザイン、どれかな~?」
「ワコールの…リバティ調の薔薇柄です」

とカラフルな色で溢れるショーツの中を目で探した


「ワコールのショーツならこっちよ。 あっ!これかな?」


販売員のお姉さんが手にしたショーツはまぎれもなくわたしがデザインした
小さな薔薇柄の生地でつくられたショーツだった


「はい。それです。手にしていいですか?」

販売員のお姉さんは今度は少し微笑みを浮かべながら
わたしにショーツを渡してくれた
わたしは恥ずかしさも忘れ両手でそのショーツを広げ見入った
嬉しさが込み上げてわたしも笑顔を返した

両手の中の自分がデザインした薔薇柄がとても愛しく
頬ずりしたいほどだった…

きっとわたしは10分程…広げたショーツを
前から後ろから横からと眺めていたと思う…

本当に嬉しかったのだ…

ただ周りにいたお客のお姉さんたちは
きっと危ない少年と映っただろう(苦笑


デザインの仕事についてから53年…
今だかってあのとき以上の興奮はない…
あの時の映像と会話は忘れられない...
わたしは薔薇が咲く時期になると思い出す…

ああ…もう時期…
大好きな秋薔薇が咲き出す頃だ…

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