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姉妹百合は信じない2/4

仲が良くて羨ましいね。

姉の話をするとそんな風に言われることが多い。実際仲はいい。小学生の頃は些細な喧嘩が多かったが、お互い大人びてくると自然となくなった。今思うと、幼い頃から姉は憧れの対象だったように思う。姉を自慢していたし、紹介したがった。それは今もそうなのだが。幼い頃の純粋さとは違う。

神聖視、崇拝、偶像、理想。
数年前の全盛期はそんな感じだった。憧れが加速したような形だろうか。
今は多少落ち着いてる。と思う。

なぜこんなにも自分が姉に固執しているのか。

一つは親に対する不満という共通認識があったからだろう。一丁前に思慮深くなってくると、親や家庭に対して(これヤベーんだな)と理解できるようになる。どの家庭にも問題はあり、その事の大きさは各々違う。こんなことでわがままを言える状況自体が幸せなのだろうとも承知しているが、それはそれ。うちの問題である。とな芝は受け付けません。
辺鄙な田舎に住んでおり、容易に遊び出歩くこともできずに逃げ場所がなかった。
というよりも「逃げる程でもなければ反抗するのもダルい。なんか生きにくいよね」って感じ。田舎ってそんなん。気づけば運命共同体のような協力関係ができていた。二人でいることが気楽だったのだ。

二つ目にあげられるのは、私が友達を作れなかったことだろうか。いなくはなかったが、温情で仲良くさせて頂けていた。みんな優しいなあ。そんな風に捉えてしまうような人だから、誰も信用できなかった。外での人格も形成できていなくて、素でいることもできなければ、取り繕うこともできない。不自然な人間だったと思う。あと単純に性格が良くない。
姉に対してはずっと自然でいられたのだ。バカなことで笑わせてあげることが楽しかったし、何を言っても離れていくことはない。難しい外の人間関係を構成することを諦めて、内側の安全で傷つくことのない関係を選んだ。

三つめは私の中で姉が最強だということ。だんだんまとめ方が分からなくなってきた。
おそらくこれが一番大きいのではないだろうか。
一緒に育ってきて、姉という存在で私の先をゆく人だった。単純に憧れだった。
姉が絵を描き始めたから私も絵を描いたし、同じ漫画を読んだ。日本舞踊を始めたから私も習った。同じ曲を聞いた。セーラー服に憧れた。吹奏楽部に入った。何をするにも姉が影響していた。人格形成を経て、私自身のやりたい事が明確になり趣味や嗜好は別々になっていったが、姉そのものを尊敬する気持ちはずっと変わらなかった。

姉の考え方は確立していて、他の人とは違う真っ直ぐさがかっこよかった。話すことも面白くて、上品すぎず下品でもない感性が大好きだった。人との関わり方も上手で誰からも好かれていたと思う。後輩の面倒みも良く仕事を卒なくこなすし、頑張り屋だった。本人も言っていたが、頭は悪いけど地頭がよくて世渡り上手らしい。姉も友達は多い方ではなかったが、長年付き合いのある友人を得ているため人格が良いのだろう。八方美人というわけでもなく、関わる人間の取捨選択をした上で良い人間関係を築いているように見えた。「全然そんなことなくて、私も人間関係はめちゃくちゃ難しかった」と言っていた。人並みに悩んできている人間性すら最高だなと思った。

何より可愛かった。美意識が高くて、綺麗になる努力を惜しまない。元から綺麗だけど。センスがいい。すごく可愛い。めちゃくちゃ可愛い。お前がナンバーワン。お前がナンバーワン!!

全てが完璧に見えていたのだ。姉が何を選んでどう進んでも、姉が選んだのなら間違いないのだろうと思った。人として憧れていた。大好きだった。言うなれば推し活だ。一人のファン。

姉と話したことがあるが、私たちは姉妹という関係でなければ絶対に関わることがなかっただろう。本当にそうだ。思考や性格の相性はあまり良くないはずだ。クラスにいても、第一印象からお互い避けていたと思う。
親や親族との血縁関係クソ喰らえと思っているが、こればっかりは血縁関係万歳である。
妹という立場から努力することなくこんなにも素晴らしい人間と関わることができている。他の人が知らない部分を知っている。いつでもどこでもファンサが充実している。妹万歳。

惚気て楽しくなっちゃったが、取り返しのつかないくらい激重で自分で引いた。
どうしてこうなった。
文章で見ると激重だけど、実際はもっとフラットに感謝しているくらい…ほんとだよ…

そんな行きすぎた憧れが、いつからか過激派ファンになってしまった。
どんな事をしても間違いではないと思っていたが、恋人ができた時はどうしても受け入れられなかった。だって一人で完璧で最強なのに。姉に釣り合う人間がいるのか?本当に好きなのか?顔だけじゃないか?呑気に彼氏面してると思うとどうしても相手を認めたくなかった。
父親よりも父親している。誰なんだ私は。

姉は私の面倒臭さを知っているから恋人の話を出してはこなかったが、親のデリカシーがなくて耳に入ってしまった。いや別に家族間で話すことは間違いではないし、誰も悪くないんだけど…。私がイカれた妹なのが悪い。人付き合いに口を出すつもりもないし、好きにしてくれとは思うものの、どうしても過激派ファンが暴れてしまうため聞きたくなかった。


しばらく過激派ファンを拗らせていたが、実家を出て距離を置いたことや家庭の問題を経て、姉という人を知ることができた。
姉も人間だった。人を好きになるし、間違いもする。自分が理想を押し付けて崇拝していたことに気がついた。完璧な人間なんていない。不完全なところを支え合って生きていく人間もいるよね。という至極当然のことだった。

私が他人にされて嫌なことトップに入る
「勝手に尊敬して勝手に幻滅する」ということを姉にしていたのだ。気づいて恐怖した。本当に申し訳ない。幻滅なんてしないが、(あ、人間だったな)と我に返った。尊敬している実在の姉と、崇め続けて積み上げすぎた偶像の姉をめちゃくちゃにしてしまっていた。どれだけ崇め倒しても、傾倒しても、離れないし逃げないし安心して依存できたから。

本当に勝手で失礼な話だが、高く高く積み上げた理想を少しずつ下げていこうと思った。幻滅とは違って、神聖視しすぎた姉ではなく現実の大好きな姉を見ようとした。

そんなこんなで、二年くらい前からは匂わせ写真を呻き声をあげながら見るくらいはできるようになった。ツーショットは厳しい。脳みそが拒絶してしまう。同棲の相談も聞いたりした。基本相手ををボロカスに言ってしまうのだが。

姉自身の心境や変化を受け入れることはできるようになったが、相手の存在を認知することは難しい。それはまた別問題。

だって私の方が好きなんだけど?

過激派ファンから重ための妹になりました。

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