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姉妹百合は信じない4/4

姉は結婚した。

入籍を済まし、料亭で顔合わせをした。

口下手でコミュ障な父親がブルブル手を震わせながら挨拶をしている姿は面白かった。
準備や挨拶、交流など慣れないことに全員がその人なりに頑張っていて、いい会だった。姉夫婦を想い、作られたこの時間がとても愛しく思えた。
挙式はせず、今は新婚旅行やフォトウエディングの予定を立てているらしい。

一悶着あったおかげか知らないが、私は少し大人になれたような気がする。
奔走して、一緒に悩んで、問題に一枚噛んだことで、今となっては姉が結婚できたことを心から嬉しく思える。
もし何の問題もなく、トントン話が進んで、蚊帳の外にいたら、ただひたすら妬んで恨んでおかしくなっていたんじゃないかな。

斯くして私は良い妹を演じ切ることができた。


抱いた感情は全部本当で、嘘ではない。
嘘ではないが、建前だった。
大人になったわけでもなく、大人のフリが上手くなっただけだ。

本音の私は解決のしようがない、わがままな感情で溢れておかしくなりそうだった。それでも、姉にとって最高の妹でありたかった。
拗れた感情を隠すように、姉のためと言い張り問題解決に必死になった。わがままを言ってジタバタ暴れている子供の私を押さえ込み、押入れに閉じ込めて見ないフリをした。

全てが終わった後に開けた押入れには、グチャグチャになった自分がいた。

自分のわがままや駄々はなんの効力もないことは知っている。私が泣き喚こうが、姉は姉の幸せを叶えるだろう。
そういうところが好きなのだ。
決して変わることのない決心があることを知っているから、好き勝手に言える。

もし駄々をこねて、姉が本気で気にかけて私の思うがままに意見を変えてしまったら、私はもうわがままはいえないだろう。姉の望みが叶わないことは本意ではないのだ。

こんなめちゃくちゃな私を、いなしてあしらって許して受け入れてくれる。
それが心地よかった。

可愛くて面白くて完璧な姉が好きだった。
私の話を聞いてくれることが好きだった。
私で笑ってくれることが嬉しかった。
誰も知らない姉を知っているのが自慢だった。誰よりも近い場所にいられる妹であることが誇りだった。

どれだけ積み重ねても結局、私は妹でしかなかった。
偶然姉の次に生まれ、妹と呼ぶより他ない私。
今、姉の隣にいるのは、姉に選ばれた存在だ。
出会った中から選ばれた、お互いの感情で繋がることができる存在。
選べない妹より選ばれた夫の存在が、羨ましくて、妬ましくて、恐ろしい。

これから先、私のわがままを聞くこともなくなって、私の知らない大事な人が増えていって、新しい感情もいっぱい生まれていくだろう。
全然知らない人みたいにどんどん遠くなっていく。妹の存在や特権が薄れていく。私の存在意義がなくなっていく。
私たちは、一般的で普遍的、平凡な、姉妹。

たかが戸籍上の変化だと、わかっている。
それでも大切にしていたもの全て刈り取られていってしまったような感覚。強い存在が私を忘れさせてしまうんじゃないかと不安になる。

忘れないで、離れていかないで、ずっとそばにいて、なんて。


本当に、本当に、わがままなクソガキの自分が大嫌いだ。

最初に裏切ったのは私だ。あの家から離れたい一心で、遠くに離れたのは自分だったじゃないか。姉を一人にさせたくせに、私は姉を幸せになんてできないくせに、私の姉だけじゃなくなるのは嫌だって言いたいのか。戸籍上のつながりに固執するなと親に説教した自分が一番戸籍のつながりを感じてるのかよ。散々わがまま言ってきたくせに、さらに貫き通そうとするのか。
こんな不完全な妹、いないほうがいい。

だから、もうわがままは終わりにしようね。
わがままで振り回してばかりの妹ではいられない。大人になったふりをして、わがままも言えない関係になって、少しずつ、本当の大人になっていくんだろう。
でもこのクソガキはもうちょっと居続けると思うから、心の中で喚き散らすのは許してほしい。

現実の話。
裏切って物理的に距離ができてからも、私と姉の関係性はなんにも変わってなんかいなくて。話だって聞いてくれた。私のどうでもいいことで笑ってくれた。ずっと特別な姉でいてくれた。
同じように、姉は私が危惧していたあれやこれやなんてすっ飛ばして、腑抜けるくらいに今までと変わらず接してきてくれることだろう。
私の中で優しくて最強な姉であることも変わらないし、私が妹であるということも、絶対に変わりはしないのだ。

全部嫌になって、自分が嫌いになって、なんにも信用できなくなっても、それでもこの関係だけは変わらずにいてくれる。

絶対不変の最強で最高な私の信じる宗教だ。


顔合わせの時、二人からの手紙の中に「二人でずっと馬鹿笑いできる日々を送れたらいいな」とあった。

受け入れることが怖い。悔しいけど。
本音も建前も関係なく、
それはちょっと嬉しかった。

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