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尖閣諸島海域調査航海における一考察

日本航海学会『NAVIGATION 221巻』pp.55-64 2022年7月

要旨

 2022年1月27日から2月5日までの間、東海大学の海洋調査研修船「望星丸」は石垣市に傭船され、尖閣諸島へ海洋調査航海を実施した。現在、同諸島は国の所有管理下にあり、日本と中国及び台湾の間に領有権問題が事実上存在し、同諸島に付属する領海及び接続水域には、日本の海上保安庁巡視船と中国の海警局巡視船が常在して鎬を削っている状態である。本航海はいくつかの課題を浮き彫りにした。
 一つは、海洋調査を行うに際して、決定権者である調査責任者や担当研究者が、海域分類に無頓着である、若しくは正しい理解を持ち合わせていない可能性である。また一つは、巡視船と海警船の双方が法源のない主張をしている可能性である。さらに一つは、本航海が政府公船や政府艦船ではなく、民間船舶である本船を使用して実施されたことである。本船は三級海技士(航海)第一種養成施設の練習船でもあり、その対象学生の乗船実習期間中に本航海が計画され且つ実施された事実にも留意されなければならない。そして最後に、民間船舶が実施した本航海が尖閣諸島領有権問題にどのような影響を与えるのか、その責任についても、船主や傭船者さらに日本政府はどの程度真剣に検討し承認したのか不明瞭なことである。
 議論の結果として、成功し賛同の声が多いと見られがちな本航海は、いくつかの深刻な課題を内包すると共に、非常に稚拙な計画であったと言えよう。少なくとも、乗組員及び乗船実習学生並びに父兄諸氏に対して、船主の東海大学が誠実な対応を取っていたとは言えないと筆者は考える。本航海や同様の航海は、政府公船或いは政府傭船が担うべきである。それが日本の国家意思を示すことでもあり、本航海のように、どこか場当たり的で立ち位置のはっきりしない調査名目の航海が介入を許されてはならない。国際法解釈の稚拙さは、海域分類すら理解されていない可能性がある。海域警備にあたる海上保安庁及び海上自衛隊、さらに上位の意思決定機関は早急な改善を図るべきであろう。
 尖閣諸島海域を警備する海上保安庁は、必ず巡視船を海岸側に位置させて海警船を沖側とする。海警船との交信による領有権主張は、必ず巡視船発信で終了する。こういった地味ではあるが誠実な積み重ねが、同海域における日本の立場をかろうじて守っていることを痛感した。法源を再度確認の上、海域分類に則した通信内容への更新が望まれる。このような政治的に敏感な海域では、目的の不明確な介入を地方自治体や民間組織が行うことは控えなければならない。国家政策との整合が取れない事態や、相手国に間違ったメッセージを与える可能性を生じさせてはならない。不測の事態を引き起こした場合、取り返しがつかなくなる。ましてや宣伝の場であってはならない。
 国際法においては「海は陸の付属物」が原則である。その逆は認められないのであり、日本政府が尖閣諸島を日本領と主張するのであれば、魚釣島をはじめとする島嶼を居住地とし、陸地を経営していく、或いは陸地の管理を明瞭に実体化する必要がある。それを実行しない限り、日本がいくら領有を主張しようとも、国際社会は疑いのない承認を与えることはないであろうし、中国や台湾の領有権主張も止むことはないであろう。本航海や類似航海をいくら実施しても、本質的には何も解決しないのである。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。