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飴をなめるように



西加奈子さんの「地下の鳩」に収録されている「タイムカプセル」というお話が、おもしろかった。
本編で残されたままの謎も明らかになりつつ
ずっと不穏な感じが漂っていて、最後まではらはらした。



「小さいときに傷ついた人って、一生傷つかなあかんのでしょうか。」

「タイムカプセル」/西 加奈子
(文春文庫『地下の鳩』)



トラウマが大いに刺激されてヒリヒリする中、こういうメッセージがおくすりのように効いてくる。「救い」を見つけると、ほっとする。



わたしは長い間、好きだった小説を読むことができなくなっていた。

小説どころか、録画した1時間ドラマすら、分割しないとどうにも観られなかった。疲れるのだ。
情報を処理するのにとても時間がかかった。
映画一本なんて観てられなかった。
それらが「うつ傾向の人に顕著にあらわれるもの」と知ったとき、納得した。
集中力と記憶力が低下していたから、本は読めないし映画も観ていられないのだった。
文章を読んでも入ってこないので、同じ行を何回も読み直す。
人物名を覚えていられない。
関係性を思い出せない。
遅読なうえに何ページも遡って読み返すので、一向に進まなかった。

そんなだったわたしがようやく、小説を比較的スムーズに読めるまでに回復した。
何も変わっていないようで、少しずつだけど進んでいた、と氣がついてほっとした。



BRUTUS特別編集 合本「すべては、本から。」 (マガジンハウスムック)をぱらぱら読んでいて「あ、これだ」と思う記事を見つけた。
(この方はうつということではなさそうです)


「びっくりするほど読めなくなっていて、ショックを受けました。あんなに好きで何度も読んだ作品なのに、集中できない。長いものを読む筋力が著しく落ちていたんですね。原因の一つは、走り読みや斜め読みに慣れすぎてしまったこと。時間をかけてゆっくり取り込まなくては自分のものにならないし、読む筋力も保てないのだと改めて思いました」。

「時間の回転数を落とし、深く『鈍考』するため。」(幅 允孝)


重ねて今は、情報や雑音が絶え間なくなだれ込んでくる時代。30秒でどれだけ面白がらせるかが勝負のエンターテインメントが増え、アルゴリズムで選ばれたネット番組が、空いた時間をどんどん埋めていく。

「時間の回転数を落とし、深く『鈍考』するため。」(幅 允孝)


「楽しくはあるんですよ。でも気づくと時間の奪い合いに呑み込まれそうになる。どんなことにも素早く反応すべき、みたいに思わされている感覚が、ぬぐえないままなんです」

敏感になりすぎた社会から抜け出すためには、意識的に時間の回転数を落とさなくちゃいけない。

「時間の回転数を落とし、深く『鈍考』するため。」(幅 允孝)


(非アフィ)



移り変わりの早い「水のようなもの」と
適切な距離を置くことは、
自分のペースを守ることに他ならないのかもしれません。


じっくり、飴をなめるように。
文章を読むときはそんなことを意識しています。
ときどき「飴は噛むもの」というひともいるけど、それは「わたし」じゃないから「そういうひともいるんだな」ぐらいにとどめておくとして。

また、次の一冊を開きます。楽しみ。


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