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私は頑張った

時々、彼のSNSを覗いてしまう。
1人で楽しんでいるのか誰かといるのかはわからないが、美味しそうなお料理やお酒がたくさん投稿されている。

もし私にパートナーができたとして、私が求めるのは「コミュニケーションを重ねて信頼関係を築く」ということ。
それは彼とでは実現できないな…と思う。

今まで通りの関係を続けていくこともできる。
しかし、彼は今まで通り自分の思うままに行動するだろう。
関心のある女の子がいればそちらへ吸い寄せられるだろう。
例えそれが一時的なものであっても、私は少なからず悲しい思いにはなる。

その思いは彼は見ようとしない。
見なくてもそばにいるだろうと思われているのかもしれないし、そんな私の気持ちには気づいてもいないかもしれない。
まぁ、それは彼にしかわからない。

私にわかるのは「私は少し悲しい思いをしている」ということ。

自分の思いを隠して、悲しくないふりをする必要はない。
それは私の心がかわいそう。
悲しい思いをしている時間はなんのためにあるの?
必要な時間?その先に何かある?
ううん。何もない。
いらない時間だ。

7〜8年の年月の中で私は彼に対して「寂しい」ということを表現してきたつもりだ。それももうだいぶ前のことだが。
彼はそこには向き合わなかった。
時間だけが私を癒した。

それは人と人との関係としてはおかしくないかな?
おかしいよね。
私はおかしいと思う。

私は充分頑張った。

私は私の心を大切にしたい。


まだ何か書くと思う。
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