ショートショート『カレーとストッキング』
あるところに、人間といっしょにごはんを食べることが夢なストッキングがいました。彼はいつも、食卓脇にあるタナとカベの隙間から、おいしいごはんの数々を眺めていたのです。
なかでもカレーはしあわせそのものでした。カレーを食べる日はたいてい加奈子とママさんとパパさんがたのしそうだからです。
ストッキングと友人のタイツは、にぎやかな香りを感じながらカレーのことであたまがいっぱいになるのでした。
そんなある日のことです。ストッキングは友人のタイツにつぶやきました。
「カレー食べたくないかい」
でもタイツは、そっけなくわらうばかりです。
「むちゃいうなよ。やぶれたタイツが、カレー食ったら大惨事だ」
「いや、君はタイツだけどボクはストッキングだから平気だよ」
「どちらかというとストッキングの方が薄いから、えらいことになるのは君の方」
「なんだと!」
ストッキングはつめ寄りました。
「そう怒るな、ストッキング君。いいこと教えてやろう。カレーをみんなで食べたり、話したりすることを家族団らんというらしいぞ。君と私には縁のない話だ」
「家族団らん……」
ストッキングは「家族団らん」とはどんなものか、知りたくなりました。
そこでストッキングとタイツは旅にでたのです。家族団らんの仲間入りをするため、もっと人間らしい顔を手に入れるため……。
破れたストッキングとタイツの仲間たちは、だんだんと増えていきました。
破れたストッキングとタイツのコミュニティがあると、どこからか話題になり、全国から新人たちが風に乗ってやってきてくれるのです。
ストッキングとタイツは、彼らをそれなりにもてなし、なかよくしようと握手をかわしました。
そうストッキングとタイツには、たくさんの仲間ができたのです。
でも人間の家族団らんに加わりたいという夢は、持ちつづけていました。そして奇跡が起こったのです。
「加奈子、ごはんよ」
人間の加奈子が席に食卓につきました。幾分痩せて、目の上が薄っすらと色づいています。
「またカレー?」
「毎週土曜日はカレーの日でしょ」
「これ新しいの?」
加奈子がカレー皿の横にあるスプーンを指さしました。それは茶色くてぽってりとしたかわいらしいスプーンです。
「ああ、それ? カレー用のスプーンなんですって」
「ふうん」
「よく洗ってるからキレイよ、売り場の人に言われた」
「私、いいや。いつもので」
いつの間にかスプーンになっていたストッキングとタイツは顔を見合わせてわらいました。あまりに小さな声過ぎて、加奈子は気づきません。
加奈子には嫌われてしまったけれど、ストッキングたちは満足です。大好きな加奈子といっしょの食卓にならべたのだから。
ストッキングとタイツは満足げにスプーンを演じつづけました。
一週間後。
きょうは待ちに待ったカレーの日です。加奈子は茶色のスプーンを手にとるといいました。
「使いやすいね」
加奈子に褒められたのです。なんという幸福!
それ以降、彼らは家族団らんの一員です。ストッキングとタイツは、あきらめなくてよかったと心からそう思ったのでした。
おしまい~。
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