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封印をといた日。

それは、携帯電話もインターネットもまだ世の中に誕生していなかった時代のこと。といっても今から25年くらい前で、当時のわたしは大学2年生だった。

ある時同じ学科の友達が、同じ学年の医学部生たちとのコンパを主催してくれて。その時一番よく話した人と後日つきあうことに。

遅ればせながら、生まれて初めてできた彼氏。それもお医者さんの卵。嬉しくて仕方なくて、気を抜くといつのまにか顔が勝手ににやけて・・・。その度に友達にひやかされてたんだよね。

そしてつきあい初めてまもない週末、一人暮らししている彼の家に遊びに行くことになった。

「せっかくだから、何か美味しいもの作ってほしいな~。」

甘えるようにリクエストしてくれて、すごく嬉しかったものの・・・。

人生初の彼氏に、初めて食べさせてあげる手料理???そんなの絶対ハズしちゃだめでしょ・・・。料理は得意じゃなかったけど、とにかく彼の胃袋はしっかりつかみたい。何か印象に残るものを作れないかな・・・?

今みたいにネットで簡単にレシピを検索できる時代じゃなかったから、わたしは本屋さんに行って料理本コーナーでひたすらこれぞというレシピを探した。そして簡単なのに手がこんでるように思ってもらえる、魔法のレシピを見つけ出した。

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わたしが彼のために作ったのは”チキンカレー”。鶏肉をヨーグルトとスパイスに一晩漬け込むことで、柔らかくマイルドな仕上がりになるとのこと。調理自体はすごく簡単なのに、我ながらびっくりするほど美味しく出来上がって、彼も感動してたくさんおかわりしてくれた。

「このカレーの美味しさは、ヨーグルトのおかげなんだよ!」

自慢気に彼に話したこと、今でも覚えてる。そしてそんなわたしのことをほほえましそうに見つめてくれた彼の笑顔も・・・。

あの日作った”ヨーグルトの魔法がかかったチキンカレー”は、わたしの人生の殿堂入りレシピになる・・・はずだったのに。

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一緒にチキンカレーを食べた翌日から、何度彼の家に電話してもずっと留守番電話でつながらなくなってしまった。

あれほど

「こんなに美味しいカレー食べたの初めて!!」

って喜んでくれてたのに、なんで・・・?

数日後、大学のキャンパスで偶然彼に会った時に声をかけた。そしたらわたしが帰った後急に県外の実家に帰る用事ができて、食べきれなかったカレーを冷蔵庫に入れ忘れたままでかけてしまって、部屋に戻った時壮絶な異臭を放ってたって・・・。

夏場で、しかも何日か閉め切ったままの部屋の中で鍋ごとカレー放置してたら、腐るの当たり前でしょ!!加熱してるとはいえ、鶏肉もヨーグルトもただでさえいたみやすいのに・・・。

でも彼は、わたしが帰る前にカレーを冷蔵庫にしまっておいてくれたらそんなことにはならなかったのに、って逆ギレ。だって仕方ないじゃん、彼の家には冷蔵庫にしまうのにちょうどいい容器がなくて。だからカレーが完全に冷めてから鍋ごと冷蔵庫に入れて、って伝えておいたのに・・・。

・・・そしてそのまま、わたしたちの恋はあっけなく終わった。

今思い返せば、あれは恋でもなんでもなくて、お互いただ誰か「つきあってる」って言える相手がほしかっただけかもしれない。でもそれでもあの時のわたしは初めて彼ができてすごく嬉しかったし、友達もみんな自分のことのように喜んでくれてて。それだけに、季節を1つも一緒に越せないくらい足早に通り過ぎた2人の関係が悲しくて、しばらく心の傷が癒えなかった。

その一方、彼の方はすぐに同じ医学部の子とつきあいはじめたことを、コンパに誘ってくれた友達から聞いた。まだ彼のことで落ち込んでいたわたしは寂しさと悔しさがこみあげた。そして殿堂入りするはずだった”ヨーグルトの魔法がかかったチキンカレー”をもう2度と作るまいと、彼との思い出とともに記憶の奥底に封印したのだった。

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あれから約25年の時が流れて、時は平成から令和に移り変わった。当時はまだなかった携帯電話とインターネットは、もはや世の中になくてはならないツールになっている。

わたしがまだ高校生の時に生まれた姪っ子は去年結婚して、前撮りのウエディングドレス姿をLINEで送ってくれた。時が経つのは本当に早い・・・。いつのまにかアラフィフになってしまったわたしは、バツイチ子なしで故郷を離れ、第2のシングルライフを謳歌している。

おひとりさまの健康づくりにと、ヨーグルトはいつも冷蔵庫に常備しているけれど、”チキンカレートラウマ”のせいであれ以来料理に使うことはなかった。でも、昨日携帯で鶏肉料理のレシピ検索をしてたら出てきたんだよね・・・、ヨーグルトに漬け込んだ鶏肉を使ったチキンカレー・・・。それがめちゃくちゃ美味しそうな写真とともに紹介されていて・・・。

「もうそろそろ、封印をといてもいいんじゃない?」

わたしの心の中の食いしん坊がささやいた。

「そもそもヨーグルトには何の罪もないんだしさ、ヨーグルトに一晩漬け込んだ鶏肉の美味しさは本物だったでしょ?あんな素敵なヨーグルトの魔法を、あいつとの思い出のせいで封印したまま人生終えてしまうなんて、もったいないと思わない・・・?」

我ながら、ものすごく痛いところをついてくるよね、食いしん坊君。確かに美味しそうなんだけど、今のわたしはカレーって気分じゃないんだ・・・。でも漬け込んだ食材を美味しくしてくれる”ヨーグルトの魔法”にかけた封印は、君の言う通りもうそろそろといてあげても良さそうだね・・・。

わたしは台所に行き、冷蔵庫から鶏肉とヨーグルトを取り出した。

・・・一夜明けて結局今日のお昼にわたしが作ったのは、ヨーグルト・味噌・すりおろし生姜を合わせたものに鶏むね肉を一晩漬け込み、オーブンで焼いたチキン料理。どうしても、あのチキンカレーはもう作りたくなくて。

20年以上の時が過ぎたことだし、まだあの時の心の傷が痛むわけじゃない。むしろ、あの時の思い出の味はあの時のままで、大切にとっておきたかった。

一晩ヨーグルトに漬け込んだ鶏肉が柔らかくまろやかになるように、彼とのチキンカレーの思い出は、わたしの中で長らく寝かされてそれはもうマイルドになった。でも今のわたしがあのチキンカレーを作っても、もうあの時2人で一緒に味わった感動は再現されない。

だから・・・。

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時を重ねて、わたしにとってヨーグルトの魔法に合わせるパートナーはスパイスから味噌に変わった。(※すりおろし生姜はたぶんあの時のカレーにも使ってたと思う。)

彼の人生のパートナーにわたしはなれなかったけど、彼との思い出のおかげで、ヨーグルトはわたしの食卓を豊かにする”魔法のアイテム”になった。

かくして約25年の歳月を経て、”チキンカレー”という料理のレシピではなく、食材をよりいっそう美味しくする”調味料としてのヨーグルト”が、わたしの料理人生における殿堂入りを果たしたのだった。

残りの人生、あと何回自分で手料理を作って食べるのかわからない。ただ、確かなことが1つある。それは封印をといた今、ヨーグルトがわたしの食卓に並ぶ料理に、時々その魔法をかけてくれるであろうこと・・・。

さて、今夜はさっそく豚肉に魔法をかけてみようかな。美味しくできたら、大好きな人に食べさせてあげるんだ。

・・・恋も食卓も、年を重ねるごとにアップデートしなくちゃね。

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