ポップコーンに狂わされる

映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』を観るために近所のシネコンへ向かった。直球エンタメ作品を観るのが久しぶりだったためテンションが上がり、到着後ビールとポップコーンを購入。基本ポップコーンを買わないためサイズ感がよく分かっておらず、バケツみたいなサイズのポップコーンを購入してしまった。しかし、絶対食べきれないサイズのポップコーンを購入してしまったことよりも、ポップコーンとビールで1300円だったことがショックだった。それに加えてIMAX上映のチケットを購入したので、合わせて3500円程払ったことになる。

ふざけるな、カス。お気に入りに登録してセールになるのを待っているエッチな同人音声作品を3本買える値段じゃないか。

憤慨しながら席に着き一口ポップコーンを食べると、その怒りはすぐに収まった。理由は久しぶりに食べたポップコーンがあまりにも美味しかったからだ。しかし、上映中には半分も食べ終えることが出来なかった。

食べきれなかったポップコーンは邪魔だから思い切って捨てようかと思ったが、あまりの美味さに持ち帰ることを決意した。しかし、2駅程電車に乗らなければいけない。厚紙で出来た簡易的な蓋は付いているが、もし帰り道の途中で落としたら大惨事である。

そんな懸念をよそに、ポップコーンと私を乗せた電車はさっさと走り始めた。

ポップコーンの容器を腕の中に抱え、ドアの傍に立ち幾分か経った頃、ポップコーンの容器が私の体に完全に馴染んでいることに気付いた。

小学生の頃に叔母から貰って大切にしているテディベアのように、11年間ほぼ毎日抱きかかえている我が家の犬のように、まるでずっとこうやって一緒に過ごしてきたと錯覚してしまうほど、ポップコーンの容器は私の腕の中にすっぽりと納まっていた。あまりにも愛おしいから、抱きかかえたまま最寄り駅を過ぎて、2人で知らない川を見に行きたい衝動にかられた。 

それと同時に、わざとポップコーンの容器をひっくり返して、中身を電車の床にぶちまけたいとも思った。

ぶちまけたうえで、乗客の皆に「私は浮かれてポップコーンを買ったが食べきれなかった上に、卑しくもそれを持ち帰り、さらに電車の中で中身をぶちまけた愚か者です!」と宣言し、侮蔑の目を向けられたいという激しい衝動にもかられた。

私はその2つの衝動に身を引き裂かれないように、強く瞼を閉じた。中身をぶちまけたうえで、空になったポップコーンの容器と一緒に川へ行こうと思いついた矢先、最寄り駅の名前を何度も呼ぶ車掌の声が聞こえた。私は弩にでも弾かれたようにホームへと飛び出した。

12月の夜の冷たい空気に額を撫でられ、私は冷静になった。

危なかった。

中村文則の著作である『銃』という小説は、偶然一丁の銃を拾った大学生が、拾った銃の圧倒的な美しさと存在感に狂わされていく物語である。

映画館で買ったポップコーンにも、銃が持つものと同じような危ない魔力がある。映画館で買ったポップコーンを持ち帰る人を見掛けないのは、皆その事実を知っているからだ。早く教えてくれよ。

肝を冷やしながら持ち帰ったポップコーンは、2日間かけて食べきった。

肝心の映画は、はっきりとつまらなかった。









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