全裸の王子様 #04
4話 『拠点帰り』
からからからと、晴れ渡る空の下で馬車は、軽快な音を立て街道の道を進む。
白くまとまった毛並みが特徴な馬は、背に一人の人間、荷台には二人も載せるにも関わらず、ペースを落とす事なく進み続ける。
〇〇:ごめんなさい、無理言って一緒に乗せてもらっちゃって…
荷台の"入り口"と言うべきなのか?青いカーテンで仕切りを作られた場所から〇〇は顔だけを外に出し、覗き込むよう運転手に話しかけた。
運転手:いえいえ、お気になさらず!お客様と荷物を乗せるのが自分の本文なので!
そう言うと、小太りな男はニヤついた後、笑顔で〇〇を見た後、重ねるように更に微笑んだ。
この小太りな男は、俗に言う"キャラバン"だ。
各国の品々を売る商人達の下請けで、貴族や中級以上の国民が購入した荷を馬車で届ける仕事をしていた。
偶然、先程の街で荷を積み終えた彼を見つけ、〇〇は載せてくれないかと彼を頼った。
しかし、そう上手くはいかず、「貧乏人を乗せるほどお人好しじゃねぇ!」と一喝されたが、金をチラつかせるとこの通り――、
運転手:お二方!揺れなど大丈夫ですか?!少しでもお二方には快適に過ごして欲しい一心でございますので!気をつけますね〜
〇〇:あはは、やっぱり商売人は金に弱い…美月の言うことは本当だったんだな…
呆れた声でそう言うと、隣に座る祐希も「なるほど、勉強になります」と同調した。
〇〇:そう言えば、自己紹介まだだったね
少し座り心地の悪い荷台の中、窮屈そうに座る祐希に、〇〇はそう言った。
すると、彼女は思い出したかのようにハッとした後に〇〇の方に体を向け、土下座をする形で頭を下げた。
祐希:自己紹介が遅れてしまい、申し訳ございません!私は"与田祐希"と言います!現在十七歳です、ふつつかものですが、以後よろしくお願いします…
祐希の土下座からの丁寧な言葉遣いでの自己紹介はまるでコンボのように繋がる。
そのせいか〇〇は驚いている様子だった。
〇〇:……
祐希:あ、あの…ご主人様…?
名前を呼ばれ、〇〇は意識を取り戻す。
〇〇:あっ、いやっ、その…与田って聞いて…もしかして祐希は和国(日本)で生まれたの?
返事をする事なく、〇〇は祐希に質問をする。
質問の意図を理解したのか、祐希は少し眉を上げ驚いたような表情をした後、観念するように答える。
祐希:…はい、生まれも育ちも和国で、ある事がきっかけでこっちに来て…奴隷に…
母親の顔でも思い出したのか、少し寂しげな瞳で説明をする。
〇〇:でも、彼らは君の事をあんなにも…和国での人間ってわかってたら…あんな愚行…
祐希:あの三兄弟はちょっと天然といいますか…私を同郷の人間と勘違いしてたらしく…
仮にも元ご主人様。祐希は恨みも強いはずが、彼らの事を決して悪くは言わず、最低限の言葉で簡潔に説明をする。
〇〇:なるほどね、祐希の名前のイントネーションも"ユーキ"だったしね…
聞き手として彼らのアホさ加減のわかる、納得のいく説明に苦笑いしか出来なかったようだ。
〇〇:祐希…
ようやく知れた彼女の名前。そこには彼には知らぬ様々な想いが込められた名前なのだと理解する。
〇〇:うん、とても良い名前だ、改めてこれからよろしく、祐希…
気品ある〇〇の言動に、祐希は見惚れながらも、〇〇が差し出した手と反対側の手を差し出し、手を握り合う。
祐希:はいっ!こちらこそ…って、あの…私まだ…ご主人様のお名前聞いてないんですけど…
祐希に、申し訳なさそうにそう告げられた事で〇〇は未だ自己紹介をしてない事を思い出した。
〇〇:あっ、ほんとだ、久しぶりに同郷の人に会えたから、ついっ…
〇〇:俺の名前は、岩本〇〇、今は十八歳、そして俺も君と同じく和国出身の人間だよ、これからよろしくね
ほんの一歳の年齢差、同じ出身地、掴みは完璧な自己紹介だろうと自信に満ちるが、祐希も驚いた表情を作るため、少し「ミスったか」と不安に思った。
祐希:〇〇様も…和国の…?
しかし、祐希の驚きは、"和国出身"であると言うことだった。
〇〇:うん、俺も祐希と同じだよ
きっと祐希は、長い間、見知らぬ地で一人生き抜いてきたのだろう。
〇〇が同郷の人間であると知った途端、今までの苦悩を思い出したかのように、ポロポロと、瞳からは無数の涙を流した。
〇〇:祐希…ずっと一人で辛かったな…もう大丈夫だから…
安心させるため。そっと祐希の髪に触れ、毛流れに沿うように優しく頭を撫でた。
祐希:うぅっ…ごめんなさい…〇〇様…私…ついっ…嬉しくて…ごめんなさい…
まるで涙を流す事を悪事であると言わんばかりに祐希は涙を流す事に何度も謝る。
〇〇:大丈夫だから、今ならたくさん泣いても…
許しを得た。
その一言に安心しきった祐希は、一つお礼を言った後、〇〇の胸で思う存分泣いた。
――〇〇様に…出会えて…よかった…
*
??:これは、大変由々しき事態なのです!!
足から胴体にかけ、すらっと細長いクールビューティーを全身に纏った女性は"緊急事態"と達筆な文字で描かれたホワイトボードを叩く。
そんな女性の対面にある机に腰掛けた女性達は、戸惑いと無理解に眉をひそめる。
そんな彼女達の反応を見て、クールビューティーは説明するのめんどくさ、とため息した。
??:めんどくさそうに、ため息するならわかりやすく教えてくださーい、"美波"先生〜
美波:そうね"美月"、あんたの小さな脳みそにも分かるようちゃんと説明するね
美波"先生"と呼ばれたものの、二人の間にある関係は生徒と教師ではなかった。
純粋に思考力の差が開いた同僚二人だった。
美月:はぁ?!何その言い方?!やる気?!
売り言葉に買い言葉。売られた喧嘩を見落とすまいと声を上げ、美月は立ち上がった。
美波:へぇ、いいね…やってやろうじゃん
まさにこの二人は一触即発だった。
そんな二人を宥めるのは、もう一人の頼れる同僚の役目だった。
??:も〜、またつまらない事で喧嘩しないよ〜
美月:バーカ!美波のバーカ!
美波:バカしか言えないの?相変わらずボキャブラリーが貧相ね、バーカ
美月:美波もバカって言ってるじゃん!バカ!
唯一まともな同僚の仲介を気にも留めず、二人は口汚く罵り合う。
罵り合いにお互い火がつき始めた頃、もう一人の人間の堪忍袋にも引火していた事に、二人はようやく気がついた。
??:そろそろ…いい加減にしよっか??
奇妙な作り笑いを浮かべた女性のその一言が耳に入った途端、二人は先程までとは見違えるような態度で、土下座を繰り出した。
美月:ご、ごめんなさい!史緒里様!こ、この通り喧嘩はやめるので、どうか…どうか…そのナイフと…《用意》の発動だけは…!
美波:ごめんね、史緒里…もうしないから…だからね早く天能だけは解除しよ?ね?
一方は恐れにより敬語に、そしてもう一方は恐れにより宥める形になった。
暴れん坊二人の間に割って入り仲介しようとしたのに、無視をされ続けた史緒里は、我慢の限界からか天能を発動しかけていた。
史緒里:もうやめる…?
首を右に四十五度ほど曲げた後、冷たい瞳で手に持ったナイフを見て、そう言った。
美月:はい!もう二度としません!
史緒里に怒られるのは今回初めてでは無いのだろう。美月は慣れた口調で史緒里に謝る。
史緒里:なら良し…解除っと…
史緒里の合図と共に、天能によって作り出されたナイフは史緒里の手元から姿を消した。
美波:ほっ、危なっかったぁ…
たまに起こる突然の史緒里の怒りを抑え込めた事に安堵したからか、美波は安心したかのようにその場に腰掛けた。
美月:それで?さっき美波が言ってた"由々しき事態"ってのは一体どうしたの?
話の腰を折った張本人が、折れた話の腰を戻した。
「あんたのせいでしょ」と言いたい気持ちをグッと堪え、美波は説明を始めた。
美波:っ…はぁ…、それでね、由々しき事態ってのはたった一つ!
美波:〇〇様が市街地に行ってから十六時間も経過してるのに帰ってこないのよ!!
美波はそれなりに大きな声で、事態の詳細について語り出した。
美波にとって、これは大事件…いや、来年地球が滅ぶと言われても同様に焦るほどの厄災だった。
しかし、それは"美波にとって"だった。
話を聞いていた美月と史緒里は「なんだ、そんなことか」と呆れていた。
美波:〇〇様が…もう十六時間七分も〇〇様のお姿がお見えになっていない…大丈夫かな…あぁ…心配…
美波は心配からか、震える手を必死に抑え込み、何度も〇〇の身を案じていた。
美月:まぁ、〇〇なら大丈夫でしょ、心配しすぎだよ
焦りを募らす美波とは対極に、美月は少しも心配する様子もなく自室へと帰ろうとその場を立ち上がる。
美波:ちょっと美月!〇〇様は私達のご主人様なんだよ!少しは、〇〇様の心配をっ…
美月:美波、大丈夫だよ
少し怒り気味の美波の声を遮った美月は、足を止めた後振り返った後、堂々とした声で言う。
美月:あいつの心配なんて無駄、むしろあいつを標的にしたバカの心配するべきだよ
美月は確信していた。この世で最も最強な人間を。
それは、美月だけではなかった。
美波:それもそうだけど…
史緒里:美月の言う通り、その心配は多分必要は無いね
美月:だから気軽に待とうよ
美月:ね、あやめ様
名を呼ばれると、三人よりいくつか歳の若そうな少女が階段から降りてきた。
あやめ:もうっ!美月さん!いつもみたいにあやめちゃんって呼んでください!
美月:ふふっ、相変わらず可愛いな!このこのこのっ〜
まるで姉妹のように二人は仲睦まじく戯れあい始める。
この二人が、雇い主と雇われ主というのは、おそらくこの状況を見て理解出来る者はいないだろう。
あやめ:とりあえず、大丈夫ですよ、美波さん
あやめ:気楽に待ちましょ?〇兄の帰りを…
*
スヤスヤと音を立て、祐希は眠る。
〇〇:まさか俺の胸で泣いた後、そのまま寝落ちするとはな…
少女の予想外の行動に、〇〇はつい笑顔を見せる。
だが、その優しさと慈愛に満ちた笑顔も、彼が自分自身の思考に飲み込まれた瞬間、消える。
決して起こさぬように、優しく、かつ大胆に、まるで猫を撫でるよう爪を立てず、丁寧に、引き続き祐希の頭を撫で続けた。
しかしそれは、普段猫を撫でる時とは違い、自分自身の知識を整理するために平静を装う為の行為だと気がついた。
――祐希、この子は…おそらく…。
脳内で様々な情報を組み合わせ、彼女の存在を証明づけようと頭を使う。
そして、全ての真実を理解した時、彼は自分自身の選択は間違っていなかったと確信すると同時にある事を決意する。
この先、出会う人間、全てを殺す覚悟を。
…to be continued
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