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「身銭を切れ」について。プロローグその2 の1

この本を、思いっきり根気よく。ゆっくりまとめていこうと思います。

多様な世の中。どんな世界で生きていても大切なたった1つの行動規範について書かれた本です。

※身銭を切る=自分自身が金銭的な負担やリスクを負うこと。
ですが読んでると、金銭的な意味だけでなく、下手すりゃ命もって感じなので、雰囲気とすれば、自分自身がリスクを負うって感じかもしれません。

プロローグその2
「対称性の簡単なおさらい」

身銭を切るという原理。
ここではニュアンス的にリスクを負う、自ら行動の結果に責任を持つ事。

この原理は社会や、動物界でさえの基本原理です。
法も、この原理の不均衡、対称じゃないのを解消するためにあります。

歴史を振り返ると、3800年前の、ハンムラビ法典が、身銭を切るという原理を記したものでは最古のようです。
僕の中では「目には目を・・・」で有名ですが、
作者の中では建築家の話の方が有名なようです。
「建築家の建てた家が崩壊し、家の所有者が死んだ場合には、その建築者を死刑に処す」
地震王国の日本から見れば冷や汗でしかないですが、
これには理由があって。

身銭を切らない金融トレーダーの場合と同じで、弱点を隠し、いざ崩壊が起きた時は本人がいなくなってるっていうのがあるからです。
作者も、トレーダーだった現役時代、そんな事を堂々と言う人がいて、こいつらは…って思ってたようです。
※ちなみに、最近まで銀行家がボーナスをクローバック(回収!)されることはなかったそうです。逆に、最近あったのかって思いました。

ハンムラビ法典から歴史を辿って、カントにたどりついてました。

辿っていく中で、聖書の黄金律。
「自分がしてほしいことを他者にもせよ」
というのがあるようです。
ただ、より良いのが、
「自分がしてほしくないことを他者にするなかれ」
というもののようです。

他人にとって何が良いかを決めつけてないからで、
より自分に専念することが出来るからだとか。

この対称性の確立が基本です。
・私の宗教の自由を認めるかぎり、あなたの宗教の自由を認める。
・私に反論する権利を認めるかぎり、あなたにも反論の権利を認める。
とか。

この本が書かれたころは、今ほどLGBTとかの動きが激しくなかったと思うんですが・・・。
一部の人たちの気持ちを傷つけるかもしれないという理由だけで、表現の自由を制限しようとする動きがあるのはゆゆしき兆候って感じでした。

カントは、
「君は、君の行動原理が同時に普遍的な法則となることを欲することが出来るような行動原理だけに従って行動せよ」
って言ってて、半分何言ってるかわかりませんが・・・。

要は普遍的な行動をとりなさいってことでしょうが。
これは忘れても良いようです。

普遍的な行動なんてものは、理論的には素晴らしくても、現実にはめちゃくちゃだから。
なぜか。
・人間は、物事のスケールに対して敏感で、局在的で現実的な生き物。
・具体的と抽象的は違う。抽象的なものには干渉屋のような、独りよがりのサイコパスが集まってくる。
・感情的と論理的は違う。
・ミクロとマクロを同一視することは危険。
・あるものを抽象的な構造物へと変える過程で、重要な要素を見逃し、崩壊を引き起こしたりする。

これらを現代にどう当てはめるかってのが次回以降になります。
プロローグなのに、このプロローグ2。めっちゃ長いです・・・。

この章の教訓

・作中では白銀律って扱いの
「自分がしてほしくないことを他者にするなかれ」
心がけ、気に留めときたいです。
ま、基本っちゃ基本ですが。
たまに基本を噛み締めておくのも良いもんです。
色々な事にこんな状況が出てくるし、
自分だけでなく、親、子、会社、国とか。
いろんなスケールに当てはまるので。

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