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願い事

ビーチに行くならビーチサンダルよ、とゆうへいちゃんは言う。島にひとつしかない埃くさい雑貨屋で、ゆうへいちゃんが選んでくれたそれはあかるいオレンジ色。鼻緒のところについた、ビニールのおおきなお花。安っぽいところがとてもかわいい。

いいなあ、とゆうへいちゃんが指をくわえてみせる。「それ、ワタシずっと狙ってたやつよ。」サイズ合わなくてさ、とふてくされるゆうへいちゃんに、履けばいいじゃん、と言ってみたけれどほんとうはわかってる。ゆうへいちゃんが「ふつう」で生きるには、この島が小さすぎるんだってこと。

ゆうへいちゃんはおばあちゃんの妹の娘のこども。なんと呼ぶのかわからないけれど、よその人ではないってこと。いまよりもっと小さい頃は休みの度に遊びに来たけれど、わたしが小学校に入ってから島に来るのはずいぶん久しぶりになってしまった。

「背が伸びたね」

あかりがチビなの、とゆうへいちゃんはしかめ面をする。嘘だ、と思うけれど言わない。わたしはゆうへいちゃんより少し小さいけれど、一学期の背の順は後ろから三番目になっていた。二学期にはもうひとつくらい下がるかもしれない。それに、ここに来る前に生理がはじまった。知っているかぎりでは、って話だけど、クラスではじまっているのはふたりだけだ。

ひとつ年かさのゆうへいちゃんは細身だけれど日に焼けているし、おじさんの漁を手伝うので腕がしっかりしている。色の抜けたデニムから伸びる褐色の脚。足首にからみつく、細い細いミサンガのきいろ。

「あかりさあ、ここにいたらいいじゃない」

電車も通ってないし。そうゆうへいちゃんが言ったのは、わたしが痴漢にあったからだ。大したことはされなかったのだけど、それからぱたりと電車にのれなくなった。ホームに近づくとおなかがいたくなって、ひどいときは道のすみに吐いてしまった。そういうことがあったから、今回ここに来たのは「療養」というのだと思う。

ゆうへいちゃんはどんどん歩いていく。歩幅の大きさ、わたしがついてきているか確かめてふりむくときの肩の筋肉。ゆうへいちゃんはミサンガになにを願っているのだろう。

ビーチに人はいなかった。砂よりも石の多い、灰色がかったその浜辺には、都会から流れ着いた残骸があちこちに溜まっている。花火の燃えかす、靴のかたっぽ。そういうひとつひとつを拾い上げて、ゆうへいちゃんは海へ投げ込んでいく。

「みんなゆうへいちゃんみたいだったらいいのにね」

ぽろりと落ちるように言葉が出た。言ってから、ほんとうにそうだといいのに、と思った。もしもそうだったら、わたしは、そのなかでいちばんゆうへいちゃんに似た人と結婚するだろう。

ゆうへいちゃんの足がとまる。波が押し寄せ、ミサンガまで濡れている。ゆうへいちゃん。震えているように見える背中にふれたくて、ビーチサンダルのまま波の中へと踏み込むと、指の股にチリリとした痛みを感じた。いつのまにか擦れていたのだろう、皮が剥けて血が滲んでいる。

ごめんねって言ってしまわないように、わたしはきつくきつく唇を噛んでいた。

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