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日比谷日記

2024年3月9日(土)

日比谷のシネマシャンテに「PERFECT DAYS」を観に行った。朝早い時間の上映だったけれど、眠気に屈することなく外出をすることができた。

映画がすごく良かった。
トイレの清掃員をしている無口な主人公の平山の表情の移ろいと周辺の世界をゆっくりと眺めていく作品。


(ネタバレ自体がほとんどない作品ですが、感想を見たくない人はわたしがスコーン食べたそうにしているところまで読み飛ばしてください)


木々を愛し、玄関を開けて空を見上げてほほえむ平山の見ている世界が好きだ。
顔を綻ばせるきっかけとなったものの些細な美しさや喜びを平山の視点を通して共有されるから、こちらの表情もゆるむ。

いつも昼休憩をしている神社の木漏れ日と、あるトイレの銀色のひさしの下に反射した光が蠢いてオーロラみたいに見えるところは特に印象的だった。

東京の下町の風景も平山の雰囲気に合っていた。電気湯、向島の大きな橋、浅草地下街、古本屋、スナック、東京の街。
行ったことのある場所がいくつか出てきて嬉しかった。


エンドロールの最後に「木漏れ日」についての文章が映り、それがとても合っていて、腑に落ちた。

日々は木漏れ日のように移ろい、いつだって二度とない光り方をしている。誰の日々でもきっとそうだ。ほとんど毎日人と関わる中で、家族、友達、恋人、上司、同僚など、名前のつく関わりもあれば、ほんの一瞬だけ交って光り、それっきりなこともある。

物語を描こうとしなければ、本筋に関わりのない人や出来事ばかりがそこにあるし、むしろそれがほとんどだ。だけど意外と日常って視点を変えれば小さな発見や喜びが、今しかない形で存在している。


映画では語られないが、きっと最初からあの生活や人柄ではなく、行き着いたところにいまの暮らしがあるのだと思う。
ラストシーンの喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見える表情のアップの長回しが、無口な平山の代わりに人生を語っているように見えた。


「PERFECT DAYS」の中で切り取られた、仕事をしっかりとこなし、何かに縛られることなく一人で静かに生活する様子を見て、うらやましい、幸せそうだなんて気安く思うことはできないけれど、ゆくゆくは平山ような視点を持って豊かな心で生活を送ることができたら理想的。


先月高円寺のストロベリー・スーパーソニックに展示を観に行った時に振る舞ってもらったクロテッドクリームをつけたスコーンが忘れられなくて、それからずっとスコーンが食べたかった。

日比谷の映画館を選んだのも、近くにスコーン専門店があったから。今日は映画とスコーンのために日比谷にやって来たのだ。

スコーンのお店には絵に描いたような円柱型に膨れ上がった良い焼き色のスコーンが並んでいて、わたしはプレーンとアールグレイを買った。
覚えたばかりのクロテッドクリームももちろん一緒に買った。


スコーンとクロテッドクリームの重みのある袋を提げて千代田線に乗る。
地下鉄は苦手だけど今日は電車が空いているし、スコーンを持っているし、良い映画を観てきた。

いま、一人で自由に好きなことをしていて楽しかった。楽しい、すごい楽しい、ってただ暗くて自分が反射しているだけの車窓を見ていても思った。

乃木坂駅で降りて、21_21 DESIGN SIGHTという美術館に向かった。「もじ イメージ Graphic展」というグラフィックやタイポグラフィの企画展を観に行く。


わたしは文字が好きだ。
もちろん町の看板やタイポグラフィ作品などを見ることも好きだし、美術館や植物園では作品や花より、その側にある説明ばかりに目が行ってしまうことがよくある。内容をちゃんと読んでいるわけではないが、つい見てしまうので、文字を見ていると落ち着くのかもしれない。

文字自体が作品になっている展示は、わたしにとって親しみやすかった。
以前から気になっていた商品の文字や、タイトルの文字が好きな装丁の本もたくさん展示されていた。
今までは「この文字好きだな〜」という文字だけを愛でる見方をしていたけれど、人の芸術作品のひとつとして鑑賞したのははじめてだったかもしれない。普段何気なく見ていたが、世の中に溢れる文字は誰かがこだわって作っているのだ。
デザイナーの作品としての見方をすると、その人の特徴が見えたり、逆に振り幅がすごい人もいたりして面白かった。

わたしもたまに自己流で作字ごっこをしてZINEの表紙を作っているが、展示を観て、文字だけではなく全体のバランスもかなり重要だと気づいたので(いまさら)、これからの表紙作りに取り入れていきたい。バランスを。

いつか文字デザインの勉強をしたいな〜と思っているのだけど、いつかっていつなんだろう。



帰りにおみくじでも引こうかと思い、乃木神社に寄った。

わたしは今年に入って二回おみくじを引いているが、二回とも見事に末吉だったから、今まで末吉だった運勢が変わっているか運試しをしたかった。
おみくじの列に並んでいる時に財布を見てみると、小銭が58円しかなかった。おみくじは100円だった。

今おみくじを引いたら末吉や凶が出てしまうから、きっと神様が引かせないようにしてくれたのだと思うことにした。

帰宅してクロテッドクリームをたっぷりつけたスコーンを食べて、紅茶を飲んだ。R-1グランプリを観た。
優勝が決まった瞬間、膝から崩れ落ちた街裏ぴんくさんがかっこよかった。

テレビやラジオでたくさん笑ったし、楽しくお出かけができて良い日だった。

中途半端な時間に昼ごはんとスコーンを食べ、夕飯を無しにしたせいで、いまはお腹が空いている。

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