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一人で生きる



いつのまにか、時代は令和。


私もずいぶんと、遠くへ歩いてきたもんだ。


若い子と話ししていると、時々宇宙人と話ししているように、全く違う世界で生きている感覚に襲われることも多くなったし。

筋肉痛は、二日後にでるし。

学生時代から聞き続けている
お気に入りの曲は、いつの間にか懐メロでTVに登場するようになった。


毎日を積み重ねて、感じたことは、


いつでも小さな幸せと、辛いことは隣り合わせだということ。


彼らは、私の隣でいつも息をしている。


そして、分かったことは、もう一つ。


家族や友人、クラスの人、職場の人、ネットの中の人

自分の子どもや、パートナー


時代によって、時間を共有する人の顔ぶれは変わってゆくし、私も変わる。


私にとっての大切な人は、私ではないし。
私のものでもない。


だから、どれだけ好きで、信頼していても
傷つけられるし、嫌なことは目につくし、理解できないことは多い。


思い通りに、動いてくれないことは日常。


同じ箱の中で、いくら過ごしても、
キラキラ輝き続ける思い出を積み重ねても、
それはそれ。

私は、私なのだ。


分かってもらえない虚しさや、
夜眠る前の寂しさは消えないし、
毎日の不安は消えない。

朝起きた時の、このまま世界を止めてしまいたいと思う気持ちも、
インスタで誰かと比較して、このままでいいのかと思う気持ちも

会社で理不尽なことを突きつけられて、責任を負わなきゃいけないしんどさも、

いきなり友だちが口を聞いてくれなかった時の絶望感も


だれも分かってくれないし、
誰かがとなりにいてくれたとて、一生消えない。


我々は、いつでも隣に座っている
孤独という辛さとともに生きなきゃならない。


この30年で、そのことを知った。


だからこそ、一人で生きる決意をするのだ。



自分の気持ちを聞いてあげて、
いつでも何もかも捨てて自由になる覚悟で生きる

私は、あなたのために生きていない。



私は、わたしのために生きている。

そう、小さく覚悟を決めて生きている。



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