母親が、稲盛和夫さんの本を読んでみたら。
いきなりですが、
「母親」と「マネジメント」。
どのような共通点があると思いますか?
私は、大きくはこの2つだと思っています。
・人を育てる。
・チームとして協働をする
前者は、「子育て」は子ども向けで、マネージャーの「人育て」は大人向けなので、全くの別物として語られることが多いと思います。
でも、どちらも同じ「人」なので、本質は同じではないでしょうか。
また後者は、「育児はひとりでするもの」のではなく、「チームでするもの」。いまだに「母親=家事育児」の性別役割分業が根強いですが、母親が「チームをマネジメントして協働」する。
これまた仕事におけるチームマネジメントと、チーム育児は別物として思われがちですが、本質は同じと考えています。
そんな中、運営している母親アップデートコミュニティのなかで、「母親 x マネジメント」研究会が立ち上がりました。
「よき母親 and/or よきマネージャーを目指す」
この研究会を立ち上げられたLamaさんのnoteに、想いや6か月間やってきたことが詳細に書かれています。
『<東京大学の名物ゼミ> 人の気持ちが分かるリーダーになるための教室』という本のブックリストから、1か月に1回課題図書を読んで、その本からの気づきをシェアし合っています。
と前置きが長くなりましたが、7回目は「経営の神様」と言われる稲盛和夫さんの本でした。
日曜の夜に語り合って、なんだか頭がぐるぐる回りすぎて、寝付けませんでした。
「利他」の心
今回の課題図書は、『人生の王道~西郷南洲の教えに学ぶ』でした。
稲盛和夫さんが、西郷隆盛の「遺訓」から学んだことを伝える本。
この研究会がなかったら、私は一生たどり着かなかった本かもしれません。
この本からのキーワードを、Lamaさんがまとめてくれました。
このなかで、私が気になったのは「利他」の心です。
稲盛和夫さんは、一代で京セラとKDDIという数兆円規模の会社を2つも築き上げただけではなく、一時経営破綻したJALの再建まで、数々の功績を成し遂げられています。
しかもJALの再建は、80歳目前に、しかも報酬なしで、周りの大反対を押し切ってでも引き受けられたという逸話にしびれました。
それらは、すべて「利他」の心から来ていると感じました。
以前JALの再建について、稲盛さんが語られていた言葉を引用します。
この文章を見て、これが「お天道様が見ている」の意味だったのかと思いました。
そして、「人は何のために生きるのか」という問いに、こう答えてらっしゃいます。
もう、何かすごすぎて、言葉が出ない。
「一体、私はどうしたらいいのか。」と、嘆きが出てきてしまいました。
うまくいかなくても磨いていくこと自体が尊い
嘆いている私を見透かしていただいたように、稲盛さんの言葉は、こう続きます。
うまくいかなくても、人生をかけて磨いていくこと自体が、尊い。
「利他」の心というと、どのようなイメージを持ちますでしょうか。
稲盛さんは、ざっくり言うと「世のため、人のため」という意味で使われていると理解しました。
私自身は、母親になってみて、「利他」の心を育てる機会をもらった気がしています。
自分以外の人が、急に人生の優先順位に上がってきた、初めての経験です。
私の大きな問いは、
母親になってみるとどうしても、子どものため、家庭のためが優先になります。どこかご飯食べに行くのでも、外に出かけるのでも、子どもの食べたいもの、行きたいところを優先します。
私自身の今の考えとしては、「世のため人のため」に、自分が入っていることが大事かなと。
もっと言うと、「自分のために」が結果的に「世のため人のため」につながればいいと思っています。
「お天道様が見ている」
自分の「損得勘定」で判断するのではなく、「お天道様が見ている」を判断軸にする。稲盛さんが大切にされていたことです。
私はこれまで「お天道様が見ている」と考えたことはありません。それは無宗教であるのも一つの理由かと思います。でも、今回の研究会を通して、大きな気づきがありました。
1つ目は、自分を俯瞰して見れる。
何かの判断を迫られたときに、どうしても自分の損得勘定は切り離せません。稲盛さんも、78歳で偉大なる功績が台無しになる損のリスクがあったときに、損得勘定だったらJALの再建は引き受けてないでしょう。
「お天道様が見ている」と考えてみると、「天から自分を見たときに、それが美しいかどうか?」を、ちょっとは考えられる気がしました。自分を俯瞰して見れる。
2つ目は、偉大なる応援者がいる。
人から嫌われたくない。それは私の1つの邪心です。でも「お天道様」という偉大なる応援者がいる。それは、心の支えになるかもしれません。たとえ無宗教だったとしても、この考え方はできると思いました。
なにが、人間として美しい判断なのか?
なにが、人間として美しい心なのか?
その問いは深く、なかなか答えもでないし、邪心が入って失敗することだらけですが、そのなかでも答えを見出そうともがいていきたいです。
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