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「ゆく春」に寄せて

「何を寝ぼけた事を、あっという間に梅雨が明けて、もう夏じゃないか」と、思われるかもしれませんが(笑)。

膨大な文章量の記念すべき第一稿(笑)から早1ヶ月。文章を書くには時間も必要ですが、それ以上に必要なのが勢い、と痛感したこの1ヶ月。勢いって中々自分で出そうと思っても出ないもので、何か迸るものが必要なんです。
今日は思うところあり、その勢いが出そうなので書き切ろうと思います。

さて、本タイトルの「ゆく春」とは、今年の短かった実際の春のことではなく、日本歌曲の「ゆく春」のことです。
日本歌曲とは?という話からしてしまうと「民謡」は、「頌歌」は、と細かい定義付けから説明しなくてはならず、せっかくの勢いが削がれてしまいそうなので今日は割愛させていただき、明治〜大正以降、欧米の様々な音楽の影響を受け、日本でその才能を昇華させた日本人による日本語の歌曲と、ざっくりとここではまとめさせていただきます。


「ゆく春」
詩 小野芳照
曲 中田喜直

ゆく春や
春の名残りの 惜しまれて

さくら
花よ 花よ
散る ちる ちる 風に

なよなよなびく 糸柳
影のほそさよ 陽も とろろ

入相の 山里 近し
鐘の響きに
驚き 飛び立ち
飛び去る 蝶々

ああ 春は
春はゆくぞえ いそいそと


過ぎ去ってしまった春に思いを馳せる歌。
と、一言で言ってしまえば簡単なんですが、この曲大変よく出来ていまして、詩の一連ごとに曲調が目まぐるしく変化していくので、その一連ごとに春の小風景を回想する事が出来る素晴らしい一曲となっています。
とはいえ、曲の良さについてここで私がとやかく言ったところで、伝えられる事は僅かで「とりあえず聞いて」としか言えないので、ここでは詩について少しフィーチャーしていこうと思います。

詩全体を見渡した時、歌を聞くだけではわからないですが、実はひらがなと漢字が巧みに入り乱れているのが、印象に残るのではないでしょうか。

①「散る ちる ちる」
②「なよなよなびく」
③「驚き 飛び立ち 飛び去る 蝶々」
④「春はゆくぞえ」
⑤「いそいそと」

個人的に印象に残っている上記五箇所についてあくまでも個人的な解釈を綴っていきます。

①「散る ちる ちる」

実際歌になると2回繰り返される、この箇所。「散る」というのは動詞として表現していて、後から続く「ちる ちる」は擬態語もしくは擬音語のように捉えられます。
「散る」とはどの瞬間の事なのか。桜の花弁が萼から離れた時なのか、空中を舞っている時なのか、それとも地面まで降り立ったその瞬間なのか。
その全ての瞬間を切り取りたいからこその、音にすると「ちる」の6回もの繰り返し。色んな散りざまがここだけで見えてくる気がします。

②なよなよなびく

再び出てきた擬態語「なよなよ」に加え「なびく」という動詞。
「なびく」という言葉を漢字にすると「靡く」というあまり見慣れない難しい字になります。後に続く糸柳が風になびいているのは言うまでもないですが、きっとこの風は桜の花を散らした風とは別な柔らかい風なのでしょう。
詩において、漢字とひらがなの使い分けをする際、前述のように動詞なのか擬態もしくは擬音語なのかを使い分ける意味でも使いますが、硬さを出したい時に漢字、柔らかさを出したい時にひらがな、といった使い分けをされる事も多いのではないでしょうか。
この「なよなよなびく」という一言だけで、場面が変化したと分かり、それと同時に、いくつもの場面で構成される、この詩のキャラクターとも言えるものを決定付けているように思います。

③驚き 飛び立ち 飛び去る 蝶々

前の詩の流れから、鐘の響きに驚いて蠢き出す蝶々のくだり。
ここで一つの疑問が。蝶には聴覚はあるのか。恥ずかしながら虫には詳しくないどころか、苦手な分野なので、偉そうな事は全く言えないのですが、人間のように音を聞き分けられるような能力はないはず。きっと鐘が鳴り響いた時の空気の震えのような物を感じ取って驚いたのではないでしょうか。
ただ「飛び去る」のではなく、浮遊するようなモーションである「飛び立ち」が入るのが、蝶々らしさを表現しています。

④春はゆくぞえ

ここまでの詩で、花は散り、日は沈み始め、蝶々はいってしまったと、暗に示していましたが、とうとう「春はいってしまう」と言い切ります。どこか古風な雰囲気を感じる、この「ゆく春」の詩でしたが、ここで古文調になるのも特徴的です。しかも念を押すように繰り返します。歌になると、この「ゆくぞえ」2回の音の付け方が全く異なるので、その違いも楽しんでいただきたいです。

⑤いそいそと

最後に再び、擬態語の登場。
しかし、この「いそいそ」という言葉は、辞書で調べると「うれしさに心浮き立つさま」と出てきます。どこか人間的ではないでしょうか。
こう考えてはどうでしょう。
「春」とは季節の「春」だけではなく、この歌の主人公に「春」のように様々な場面を見せてくれた、見させてくれた「人」の事だとしたら。「いそいそと」いってしまうその「人」のことを主人公はどのような感情で、どのような表情で見送るのでしょうか。

目まぐるしく、そして瞬く間に過ぎ去ってしまった春。
鬱陶しく狂おしい夏の入り口に立つ今、どこか懐かしく感じる「春」に思いを巡らしてみてはいかがでしょうか。



と、ここまで長々と「ゆく春」について書いてきたのは何故か。
実は、明日の演奏会で演奏する2曲のうちの1曲です(笑)。


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