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ひととなり、人隣り

 様々なことに対して自粛や我慢を求められるこの感染症禍、社会状況、いまだ終息の見通しが立たないどころか勢いを増してしまっている。
 わたしもご多分に漏れず、様々なことを諦めて毎日を過ごしている。いや、実際この感染症禍前からずっとそうだ。

 それでも投げやりにならずに過ごせているのは、元々の性格や思考回路にもよるが、がん治療を通して色々と考えたことの影響もまたあるだろう。わたしの周囲にいるハイリスク群に含められる人たちの他に、またそうした状況下にある人たちと出会ってきた。

 そしてもうひとつ、わたしやわたしの大切な人たちには、とてもたくさんの医療従事者が関わってくださっている。
 そしてわたしの主治医や、いつもお会いする看護師さんたちは、「医師」「看護師」としてのみ生きているわけではないことを知っている。

 形成主治医の好きなバンド、ご家族の話。得意なこと。乳腺主治医のお子さまの話。医療に対する思いの源。整形外科主治医のちょっと攻めたジョーク。消化器内科主治医の素敵なご趣味。神経内科主治医は・・・・・・寡黙なのでよくわからないけれど、朴訥とした語り口は知っている。かかりつけの耳鼻咽喉科医師は、お祭りが大好き。おつらいだろうな。
 同じ病を乗り越えてきた看護師さんの話。入院面談のはずが、何故か悩みを打ち明けられて「一緒に頑張りましょうね」と頷きあったこと。病棟看護師さんの、不慣れだけれどひたむきな様子も。ベテラン看護師さんの、ユーモアたっぷりの返しも。
 処置中に、準備中に、診察の合間に、手術中に。様々な、そして僅かな時間で交わされた、その人のストーリーを知っている。笑顔や、睫毛の影や、手、口調を知っている。

 最前線ですべてを注いでいるあの人たちに、顔向けができるか。あの人たちが休息する時間を、安全を、奪いはしないか。

 多分、これはまだまだ続く。誰もが戦っていて、時に疲れたり躓いたりする。社会全体がくまなく影響を受ける事柄としては、重々しく長い道のりだ。
 でもいずれワクチンが届く。この身体にも届く。それまで踏ん張って、凛としていたい。他人がどうあってもいい。自分の意志で、そうしたい。
 たくさんの人となりを知っていればこそ、わたしはきっと強くなれる。隣で交わした言葉や表情を、時に思い出しながら。
 

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」