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火加減あるいは主体性のはなし
たとえば、ヘッダーにあるようなマフィンにしても、気が向くからつくるんだよな。
いやマフィンは簡単だから、
「食べたいから作ってほしいな。」
と身近で親しい人に言われたらつくるかもしれない。ただ、それをさほどでもない人から当たり前のように
「できるんだからやって、簡単でしょ。」
なんて要求されたら、しかも度々言われようものなら、まあしない。生地を混ぜたり焼いたりしない。
簡単なんだからご自身でどうぞ、あっレシピは森永のなら楽勝よ。なんて言ったりするかも。
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これがSNSだと、さも当たり前であるかのように
「やってよ。」
がまかり通ってしまう。
他者の【私/僕が○○したい】と、わたし自身の【わたしが○○したい】は別物だ。これを逆にしても成立する。であるにもかかわらず、あたかも「やってよ」が公益性を帯びるかのように、義務的な要求をされたりするのだ。度が過ぎれば強要、おかしいね。
本来の必要性を超過した義務感情は、楽しみをただの労働に変える。こんなすてきなものがあるよ、という【提示】とファンならこれをやって/知っておけという【要求】は異なるのだが、自分の業火で他者のとろ火を飲み込んで焼き尽くしてしまう。かくして趣味・興味だったものが勉学・労働に変換されてしまうのだ。
推し活界隈で推し疲れからの脱落(他界=沼抜け)を生みやすいのも、こうした問題が一因なのだろうと考えている。
しかも義務の押し付けをしてしまうのは、大抵強火と呼ばれる熱狂的なファンだ。全部揃えて全部行かねばならない、常にトップでなければならないという強迫観念めいた思考は、それが自身のみに向けられるならまだしも、他者に向けられればハラスメントになりうる。
アイドル界隈で使われていた厄介全通(全通厄介)という言葉も、強火オタクにはそれなりの確率で対象への強い依存性が介在しやすいため、その自嘲と自戒を含めてのものなのではないか。
プロデュース気分で「こういう作品でないとダメだ」「もっとこうやったら売れるはずだ」「見せ方が悪い」「運営は無能」などという批判を繰り広げるのもこの類いで、本来ならばただ楽しめるはずのものが無意識下で自己実現やサンクコストとの天秤に掛けられている。しかも、クリエイターや裏方の「主体性」すらも無として扱われているのだ。
まったくおかしな話で、個人の感性はターゲット層全体とは一致しないのに、自らを大きな主語もしくは正統な意志として取り扱っている。自分が気に入らないことを他者も気に入らないとは限らない。そして表現は、作り手の主体性の発露と慎重なすりあわせの成果物でもある。これを蚊帳の外としてしまうのは、明確に認知の歪みだ。
こうした事態を生じないために、何を語るにもまず自らと相手にはそれぞれ主体性があることをはっきり認識しておくべきだろうと思う。
考え方や感じ方は人それぞれ。そこを見失いやすいのはなぜか、それこそが
「ファンダムなんだからみんな同じ仲間」
「同じものが好きならばみんな仲良し」
という集団意識における負の側面なのではないか。
本来的には個々がひとつの事柄において接点を有しているだけに過ぎないところ、それをあたかも工業製品のように画一化した捉え方をするから無理が生じるのだ。
他者に同じ行動を強要しない。
人それぞれに考え方や好みが異なること、多様性を理解する。
すぐに理解できないこと・噛み合わないことを一旦保留してみる。
ポジティブケイパビリティのみにとらわれず、ネガティブケイパビリティに目を向けてみる。
誰しも見えていない部分があることを留意しておく。
要求されても事細かに足並みを揃える必要はないことを知る。
無理ならばまずちょっと離れて、距離感を変えて眺めてみる。
そして、自らの主体性のように、他人にも拒否を含む主体性があることを認めること。
近年はバウンダリーを築くことの重要性が巷間広く認知されつつあるが、仲間意識というものはこれを曖昧に見せてしまいがちだ。一見ほのぼのとしたコミュニティー的なるものが、こころの領域侵犯に繋がってしまっては元も子もない。これは家族間や友人間において、境界線の曖昧さからトラブルになることと基本的にはかわらない。
物事に打ち込みすぎるきらいのある、熱しやすく生真面目すぎる人ほど、本当に自らが長く楽しんでいくために気をつけたほうがいいのではなかろうかと思う。特に、増大した叶わない欲求はヘイトに繋がりやすい。反転などという用語もある。駄々っ子にならない心構えも、好きなものを好きなままでいるためには大切なのではないだろうか。
マフィンだって加熱の加減を間違えれば炭になる。どうせなら、美味しく食べたいね。
なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」