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アンドロメダの花

竜が人間界に銀河の風をはこんでいた遠い昔。
少年は竜の背に乗って様々な空を旅した。
竜の背中から観る世界の広さに
空の大きさに胸は高鳴った。
頬にあたる風の冷たさを手のひらにそっとのせてみると
風は少年の手の中でさらさらと消えていった。

遠くの高い空から世界を見渡し
精一杯目を見開いてみたのだけれど
少年の小さな瞳には広い世界の一部しかみることができなかった。
すると竜は
眼のずっとずっと奥の方から見てごらん。
正面から見るのではなく後ろの方からみるんだよ。
そうすると世界をちゃんとみることができるよ。
と教えてくれた。
初めて眼にすることができた世界の鮮やかさに
少年の小さな瞳はよりいっそう輝いた。
少年にとって竜は大切な友達だった。

何日も降り続いた大雨が雪に変わり
太陽が雲に隠れ
雪に覆われた大地に作物が育たなくなった頃、
人々はどんな時も変わらずに空を高らかと舞い遠くの風を運び
夜空に稲妻を走らせる竜に恐れを抱くようになっていた。
そして竜に神と名前をつけた。
竜の噂を風からの便りで知った世界の管理者である谷底に住む12人の者達は
竜の住む洞窟に集まった。

「竜は銀河から雪の結晶を持ち込んでいるようだね。」

「違う。竜はただ風を運んでいるのだ。
風が消えてしまうと雪も消えてしまう。雪が世界からなくなってしまう。
世界は真っ白になろうとしているのに。
雪が消えれば人々はどんどん忘れてしまうだろう。
真っ白い世界の奥にあるものを。最後の帰り道を。」
と12人のうちの1人がいった。

「それでは困るのだよ。真っ白い世界の奥にあるものに気がつかれないようにしなくては。
最後の帰り道は我々だけの秘密なのだから。谷底に人間を近づける訳にはいかない。
アンドロメダの花の種を守らなければ。」

「我々が消えてしまうか、竜が消えてしまうか。どちらかしかない。」

ある夜、谷底の者達は竜の住処である洞窟に永遠の眠りを抱えて訪れた。
洞窟の中に永遠の眠りをばらまき
竜がすやすやと寝ている隙に足を鎖でつないだ。
それ以来、竜は長い眠りにつき洞窟の中に閉じ込められ
空を飛ぶことが出来なくなった。

すると何日も続いていた雪は降り止み
太陽が雲間から顔を出すと人々は手を取り合って喜んだ。

谷底の者達はその後四方に散らばり
人々が何も感じることなく永遠の幸福の中で眠り込めるように
幸福の種を空からばらまき、沢山のメリーゴーランドを作った。

竜と一緒に空の旅が出来なくなった少年は
何度も何度も洞窟に通っては竜の足に付けられた鎖を外そうとした。
叩いてみたり広げようとしてみたり噛みついたり
祈ってみたり泣いてみたりしたが
竜の足に深く食い込んだ鎖はびくともしなかった。
メリーゴーランドの回転が止まる深夜には人々の笑い声も消え
町は暗い霧に包まれた。
静かな深い夜には竜の悲しい歌声が町中に響きわたり
「全部悲しいね。」と
少年はベットの中で涙を流した。

少年はある日、竜の鎖の鍵の話しを楽しそうに話している大人達の話しを聞いた。
北の外れにある谷底の祠に葬られた竜の鎖の鍵。

話しを聞いた少年は何も持たずに
すぐに谷底の祠を目指して旅立った。
北の外れ
北を目指し家を出てみたけれど
いくら歩いても歩いても深い谷はどこにも見当たらなかった。
何日も何日もただ足だけを前に前に押し出して歩いた。
靴の底が抜け、靴下も破れ、足は傷だらけになっていた。
もうだめだと道ばたに倒れこんだ時
薄い視界の中にエメラルドの海が見えた。
これ以上はとても歩けそうにない。
ガタガタ震える足を引きずるように震い立たせて
少年は最後の力を振り絞ってエメラルドの海の方へ進んでいった。
海水はひやりと冷たかった。
少年はのどが渇いていたので水面に顔をつけゴクゴクとのどを鳴らし飲んだ。
海の中は無数のビー玉がプカプカと泳いでいた。
少年は目の前にいた青い光を発しているビー玉を手に取りのぞきこんだ。
次の瞬間
少年は竜の住む海の洞窟の中にいた。
竜はいつものようにすやすやと眠っていた。
少年は竜の脇腹にそっと入り込んだ。
「鎖の鍵を探し出して必ず自由にするからね。
そしたらまた大きく空を舞うんだ。
今度は誰もいない遠くの空を目指すと良いよ。
今は疲れてしまったから少しの間ここで眠らせてね。」
少年は「んー」と深く大きなため息を一度ついた後
曲げた膝を両手で抱きかかえ丸くなって眠った。
竜は一度だけちらっと眼を開け少年を見たが
またすぐに眼を閉じた。
少年は背中にあたたかな竜の鼓動を感じていた。
竜がふうーふうーと息を吐きだすたびに
銀色に輝くひげがゆれ
少年の頬をふわりとなでた。
洞窟の向こう側では
星が辺り一面に輝いていた。
月は海におち、たゆたゆとしていた。
遠くから届いた波の音は儚く
夜の隙間に消えていった。

少年は夢を見ていた。
竜になった少年が海を泳いでいると
クジラになった竜に出会った。
クジラには目玉が一つしかついておらず
片方の空っぽになった瞼からは赤い涙が出ていた。

竜は手に持っていた青いビー玉をクジラの空っぽの瞼に置いた。

クジラの世界はたちまち青色になり
青色は遠くの空まで輝かせ
いくつもの星が海に落ちては沢山の色とりどりの花を咲かせていった。
クジラは嬉しくなり歌を歌った。
海の中で響く音の一つ一つが透明なガラスとなり
ガラスは竜の背にあつまると7色に輝く背びれとなった。
クジラと竜は深い深い海の底を一緒に泳いだ。

アンドロメダの花が咲く
静かな夜に

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