Oral history 元八路軍農民兵士 薛茂東
薛茂東老人(80歳・男)の記憶 高家焉
1939年、私は招賢高等学校に上がった。当時日本人は離石に着いたところで、まず最初に招賢にやって来た。しかし日本人が来たと聞いても、もともと日本人を見たことがなかった。最初に日本人が来たとき、私たちは朝起きて、水汲みに出たところで、機銃の音が聞こえた。ただ、それもまだ何の音かわかっておらず、鳥の鳴き声かと思ったくらいだ。
私たちは井戸の近くで私の伯父に出会った。彼は犠盟会(1936年に太原で結成された抗日民族統一戦線)の人間だった。彼は私たちに日本人が来たと告げ、すでに一つの山を占領したから早く逃げろといった。私たちが水場のある谷から出ようとしていたとき、日本人はすでに山を占領していて、激しく銃撃してきた。引き返すしかないので、谷の上にあったある家の木材がしまってあるヤオトンに隠れ、老人たちは門を閉じた。
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