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岩壁に直接彫られた「二本の尾を持つ人魚」

1つの上半身に魚の尾が2本ついている人魚。とても、珍しく奇怪なデザインと思われるかもしれません。人魚と言えば、ディズニー映画のアリエルのように普通想像するのは尾が1本です。でも、実は、皆さんがよく目にする日本でも大人気の会社のロゴにもこの2本の尾がついた人魚が使われています。

写真の2本の尾を持つ人魚は、イタリア、トスカーナ州南部Sovana(ソヴァーナ)に残る岩壁につくられたエトルリア時代のお墓に彫られています。

ソヴァーナはエトルリアの12都市連盟の一つVulci(ヴゥルチ)に属し、紀元前5~4世紀ぐらいまでは陰に隠れた存在でした。しかし、ヴゥルチが紀元前280年にローマに敗北し衰退したのに対し、ソヴァーナは古代ローマ時代、そして中世初期まで都市として重要な役割を果たしました。

現在、Tomba della Sirena「人魚のお墓」と呼ばれているこのお墓も、紀元前3世紀半ばソヴァーナが発展の絶頂期だったころ、裕福なエトルリア人により、凝灰岩の壁を直接彫ってつくられました。

これ以上近づけなかったため、写真には写っていないのですが、神殿のような形をしたこのお墓の真ん中のアーチ状にくぼんでいるところの下の部分に、下半身を横たえながら宴に参加する故人の像があるそうです。

正面には、“Vel Nulina(Velの息子)”という碑文が残っています。ちなみにエトルリア語は、残っている資料があまりに少ないため未だに一部しか解読されていません。

両サイドには、あの世への扉の見張りをする男女の守護神が立っていますが、風雨にさらされ、とても風化しています。火山の噴火でできた凝灰岩は、手で触っただけでボロボロと表面が剥げ落ちてしうほどもろく、逆に、この柔らかい石材に彫刻することは、からなりの技術を要することでもありました。

そして、一番、興味を魅かれるのは、このお墓の名前にもなっている「人魚」。アーチの上部に彫られています。真ん中に丸い頭と胴体、そして左右に分かれた2本の魚のしっぽが彫られています。

この人魚は、エトルリアの海の妖精で故人の魂をご先祖様の世界、あの世に導く役割をしていました。古代の人は、川や海、泉、湖にはあの世への道があると信じていました。ギリシャやローマ神話でもよみの国の川を渡りますし、仏教でも三途の川を渡ります。

そして、人魚は、1本の尾の普通の人魚でも、多産、豊穣のシンボルでした。そしてこの人魚に、くるくると巻かれた尾が2本あるのは、その力が倍であることを表わしていました。千手観音菩薩が慈悲と力の広大さを表わすためにたくさんの手があるのと同じです。(こちらは、たった2本ですけど)

そして、この2本の尾は、交互に巻き付いているわけでもなく、2本が一方向に向いているわけでもなく、女性が女性の一番大事な場所「生命の扉」を見せるために開脚しているかのように、左右に開かれています。この2本の尾を持つ人魚は、不運に抵抗し、悪を遠ざけ、家族や町を守り、その場を聖なる土地にする女性の力のシンボルでした。

しかし、中世に入るとこの姿勢は、下品とみなされ、キリスト教の精神に反し、人間を悪に引き寄せる邪悪なものとされました。女性は、男性を魔法にかける悪魔とみなされたのです。

しかしながら、その魅力を失ったわけではありません。豊穣、多産のシンボルから妖女になった2本の尾を持つ人魚ですが、7世紀以降もイタリアやスペインの教会や地下礼拝堂に彫刻され、密かに崇拝され続けました。

そして、現在、よく目にするある会社のロゴにもこの2本の尾を持つ人魚が使われています。

そうなんです、スターバックスの緑の円に描かれているのは、2本の尾を持つ人魚なんですね。

スターバックスは、小説「白鯨」に登場する将校スターバックスから名前をとっています。そして、古い海の本をペラペラとめくっていた時にみつけた2本の尾を持つ人魚にインスピレーションを受けロゴマークに使いました。

全く人魚や海と関係がなさそうな会社ですが、スターバックスが生まれたのはアメリカの港町シアトルで、水との結びつきを強く感じているようです。そして、コーヒー豆は長い海の旅を経て、アメリカに到着します。

スターバックスの創業者が、2本の尾を持つ人魚の一番古い例の一つが、2000年以上前のイタリアのエトルリアの芸術にあったことを知っていたかどうかはわかりませんが、エトルリア時代に2本の尾を持つ人魚に込められたシンボルのように女性の力が崇拝され、女性が女性として美しかった時代が再来することを願っています。

このソヴァーナの人魚のお墓の近くには、他にも、様々な形のお墓が残っています。

参考資料
Giovanni Feo, Misteri Etruschi, Stampa Alternativa, 2000

https://stories.starbucks.com/stories/2016/who-is-starbucks-siren/

https://italicaresblog.wordpress.com/2017/08/25/sovana-la-tomba-della-sirena/

https://screpmagazine.com/la-sirena-bicaudata/

http://www.terrestorie.com/sirene.htm



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