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人生の門出を祝福してくれた、見知らぬ女性

今でも忘れられない他人がいる。三年前、出産をして一週間の入院を経て無事に退院をする日。

わたしは麦で編まれた「クーファン」というバスケットのなかに新生児の息子をいれ、ハラハラしながら病院の出口へと向かっていた。

かたわらには、ホカホカの、新生児・・!

あぁ、だめだ、全然慣れない。まるで夢のなかにいるみたいだった。

迎えにきてくれた夫は、数メートル離れたタクシーのトランクに入院時の荷物を一心不乱に詰めていた。

しかし、ちょうどわたしが病院の玄関をでて数歩あるいた矢先、小雨がぱらぱらと降ってきた。

慌てたものの、体力的に引き返すことができず、濡れることを覚悟して私は早足をする体制を取った。

すると、病院の前を、たまたま通りかかった50代ぐらいの女性が、ふんわりと私たち親子の横につき、

自身に降りかかる雨をもろともせずに

『あのタクシーですよね』と言い、こちら側が濡れないように傘をさして、並んで歩いてくれたのだった。


あまりにも自然な動きで、口角が上がった優しい横顔で、まるで仕込みのエキストラみたいだった。

タクシーに着くまで、外界に緊張していた私は「ありがとうございます」を何度も繰り返した。

その女性は私たちを無事に車まで送り届けると高いヒールに颯爽とした足取りで六本木の街へと戻って行った。

緊張感でパンパンに張りつめていた私だが、この一瞬のできごとのおかげもあり「あぁ、この先の育児も、きっと何とかなるだろう」と車内で漠然と思えたのであった。

◾️

帰宅すると、息子は早々と長めの昼寝にはいった。

夫も、子とのはじめての時間を過ごし、あまりの幸せと緊張を経験したことで気絶するように寝てしまった。

さて、何をするか・・。

家事をする気力もないし、自宅での母親1日目のただしい過ごし方がまったくわからない。

考えあぐね、手探りのまま、

とりあえず子を抱っこして自撮りした(笑)。

そしてInstagramへ出産の報告をいそいそとあげたのであった。

こんなときまで漏れでる自身の承認欲求と、仕事への熱意に、人ごとのように関心した。


投稿に「いいね!」が付き始め、すぐにいくつかの媒体が「奈津子が出産した」旨のニュースを記事として取り上げてくれて、育休中の私はずいぶんと嬉しかった。

やっぱり、忘れられたくない。

母になっても、俳優としての夢も諦めない。

ぜったいに絶対にブチかますぞ、とスマホを眺めながら静かに誓ったのを覚えている。

時を経て、子どもは3歳を迎え、日々、愛らしさを更新している。産休・育休を経て、ありがたいことに仕事も戻ってきた。

あのとき病院の前でわたしを助けてくれた女性の素性を知る由もないが、今でもとても感謝している。

だれかに親切なことをしたとき。例え、それが偶然であっても、人生の門出を祝福するような行為に繋がっていることがあるのだと思う。

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