見出し画像

とある劇場警備員の日記より

19XX年 X月 X日
閉館後の見回りをしていると、今まさに額縁から抜け出さんとしている彼女を見かける。

編集済_210420_4

いつもなら見なかったことにして仕事に戻るが、今夜は何故か好奇心がはたらいて、彼女のあとをつけることにした。

彼女はかつてこの劇場の踊り子だったのだろう、が、生前の姿を知る者が誰もいないのでいつ亡くなったのかは判然としない。どの先輩に訊いても皆口を揃えて「自分が働きだした頃には彼女はもう棲みついていた」と言う。


編集済_210420_19

楽屋

誰もいない楽屋を独り占めして粧しこんでいるが、鏡にその姿は映らないようだ。さぞ不便だろう。



画像5

粘土細工のケーキを食べるふりをし、空のティーカップをひっくり返す。どうせ食事は出来ないのだから丁度良いのかもしれない。


画像5

真夜中のお茶会ごっこに飽きたのか、今度は小道具倉庫でくつろいでいる。先日、新人警備員が日誌に「見慣れないマネキンがいた」と書いていたのはおそらく彼女だったのだ。



編集済_210420_10

劇場内どこにでも現れると言われている彼女だが、ただ一箇所目撃談が無いのがステージの上だ。
しかし私は、彼女が舞台袖で幕を掴みそこを羨望のまなざしで見つめているのを目の当たりにしてしまった。きっと照明の当たる場所だけは生者の領域――傍若無人に振舞う彼女も、「出演」だけは出来ないのだ。

その晩初めて見た悲しげな背中にいたたまれなくなり、私は持ち場に戻ることにした。当直日誌を書いているうちに夜も明けて、彼女はまた額縁の中に戻っていたのだった。


X月XX日 追記

劇場の資料室で、彼女によく似た古い写真の束を見つけた。あの晩の記念に一枚拝借し、この頁に挟んでおく。

編集済_210420_20



styling & photo by 羊石
story by 太田ナツキ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?