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#30 見えない罠

「親父が転んで病院に行ってるので、早めに来れたら来てください。」

時刻は午前8時。ここ数日妙に意識が高くなった私は、始業1時間前にハウスに到着。出社前、陽気に猫の巣を覗き込み、愛猫を愛でることに集中していた。今日も可愛いねぇと不気味な笑顔を浮かべながら、ふと携帯に通知が来たことを知る。内容は、社長が転んで怪我をしたから早く来てくれないかというお願い。

"病院に行ってる"を"入院している"と誤読して焦りに焦った私は、愛猫の巣を立ち去り30秒後にはガーデンに到着。

風の丘ガーデン30日目の研修が始まった。

今日はカーネーションの出荷が100ケースあった。1ケース8鉢入りなので800鉢の出荷。若い男は私一人、故に力仕事は基本的に私の役目。良質な筋トレと思い込みながら、ケースを運んでいく。今日、風呂に入って気づいたけど、筋肉が盛り上がっていて我ながら良い身体になったなあと思う。体を動かす仕事は健康的だ。

出荷作業が終わると、サルビアの定植作業。
いつものように、苗を大きなポットに入れ替えていく。

この地味な作業も終わりが近づいてくるとなんだか寂しい。
肩は凝るし、首は痛いし正直苦手な作業だったけど、終わり良ければ全て良しである。

そう思いながら作業場を移動した瞬間、頭に電撃が走った。

ガンッ。

痛い。痛すぎる。金属の固形物がぶつかった衝撃音、そして、首筋に何かが刺さった感触。

頭上には、ぶら下がっている空調機があった。

ここで、朝の一件を思い出す。社長は、地面に生えた水苔に足を滑らせ、後頭部から転んだそうだ。
出血はしたものの異常はなし。とは言え、打ったのが頭だけに大事に至らなくて本当に良かったと思う。

かく言う私も、思い切り頭をぶつけた。
このハウスには隠れた危険な罠が潜んでいる。

空調機だけではない。
飛び出た針金に気づかず、両太腿を切って傷を負った。
台車の車輪に足を挟んだことも、指をケースに挟んだことも。

秋田犬と戯れあい、強烈な犬パンチをみぞおちに喰らって息ができなくなったこともあった。

注意力散漫と言われれば反論できないのだが、ハウスには危険が隠れていることを再認識した。

明日から地獄の出荷が始まる。
大事に至らないことだけを祈り、秋田犬と戯れあうのばほどほどにしたいと思う。


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