『ビュフェ展』から『眠り展』へ――連続する死のムード

先日久しぶりに、展覧会をふたつ、はしごしました。

平日の午前中。
人混みを避けるように、そっと。




まず、渋谷へ。

Bunkamuraザ・ミュージアム
『ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代』

灰色の背景色と、真っ黒な輪郭線。
死を愛しむかのように、対象を描く。

昆虫は、標本のよう。
鳥は、剥製のよう。
ニューヨークのビル街は、墓石のよう。

そのはっきりとした輪郭線は、情熱的かのように見えて、温度がない。
生きていることと、死んでいることを、同時に感じる、不思議な線。

二十歳になる前から、
その画力と才能を高く評価されていたのにもかかわらず、
常に存在の不安を抱えていた画家、
ベルナール・ビュフェ。



次に、竹橋へ。

東京国立近代美術館
『眠り展:アートと生きること ゴヤ、ルーベンスから塩田千春まで』


「眠り」とは?

夜ごと繰り返す小さな死
 ――それは、無意識の時間

卵の中の雛鳥のまどろみ
 ――それは、目覚めの待機

呼びかけに対する無反応
 ――それは、静かなる抵抗

「眠り」とは何だろう。
生命の封印か、理性の解放か?
人間は、瞳を閉じて何を思う?

さまざまな意味を持つ「眠り」について、
とりとめもなく考えました。




ふたつの展覧会に共通するのは、穏やかな死のムード。

展示室は恐ろしいほどに閑散としており、
こつ、こつ、と私の足音だけが空間に響きます。

監視員が影のように佇み、
展示室の奥を覗いても、後ろを振り返っても、
そこにあるのは絵だけ。

冬の始まりにふさわしい静かな一日でした。

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