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noteという善人9割悪人1割のSNS

お久しぶりです。夏木です。
この数日間、ストレスMAXの中、noteのあたたかさに励まされて非常に感銘を受けました。

そこで少し予定とは異なりますが、改めてnoteというSNSについて、思うところをどうしても記しておきたい次第です。



善人が多いSNS

まずここで言う善人・悪人の定義について。

善人とは平たく言えばいい人だ。
相手の気持ちをおもんぱかることができ、他者を攻撃するようなことを言わない。
自分と違う意見に対して怒るのではなく、そっとページを閉じることができる。

対して悪人とは明確な悪意で他者を攻撃する人だ。
刺激が欲しい。つまらない。打ちのめしたい。イライラする。
様々な理由により、自分と違う意見に対して真っ向から対立し、相手が傷つくことなどお構いなしに言葉の矢を放つ。

これまでいくつかSNSを触ってきたが、noteほど善人の多いSNSは中々無いのではなかろうか。
私はnoteを始めて2ヶ月ほどだが、今まで「コイツは悪人だな」という人は2、3人しか見かけたことがない。

もちろん自分の興味ある記事しか読まないので、もしかしたら私が知らないだけで、悪の巣窟のようなコミュニティがあるのかもしれないが。

では何故noteはこれほどまでに穏やかなのだろうか。



理由その1 平均年齢層が高い

個人的な体感だが、noteで高校生や大学生に遭遇する機会はあまり多くない。

noteには学びや気づきを求めている人も多いため、文章でそれを発信するとなると、やはり経験値の点で若年層は不利になってしまうのだ。

逆にヒラメキや共有力という点では若年層が有利なので、InstagramやTikTokなどのほうが向いているし居心地が良いのかもしれない。

歳を重ねると「あの人も丸くなったね」などと評されるように、人は経験の積み重ねにより角が取れ、他者に対しての許容範囲も広くなる。
自分と意見が折り合わないからと言って喧嘩を吹っかけたり、感情のままに攻撃することが少なくなるのだ。

お互いがお互いをいたわり、「大変だけど頑張っていきましょうや」と励まし合う光景は、他のSNSではあまり見られない。

利用者層が大人なので、大げさに言えば人生という荒波に立ち向かう戦友を得たような気持ちになれるのだ。



理由その2 長文

Twitterなどの短文投稿はおおむね140字程度の文字数となっている。
「つぶやき」という言葉が示すように、ほんのちょっとした一言を発信するには最適のツールだ。

しかしその短文の中に自分の思いや考えを凝縮させるのは非常に難しく、さらに相手がその気持ちを正しく受け取ってくれるかは分からない。

だから勘違いが勘違いを生み、争い事や火種も起こりやすくなってしまう。

対してnoteは長文投稿を前提とした作りになっている。
これには2つのメリットがあると思う。

ひとつは自分の考えを文字数に縛られることなく丁寧に表現できるという点。
もうひとつは長文を読むことが好きな人だけが残っていくという点だ。

「長文は読まれなくなった」「要点だけを示したまとめ記事が人気」と言われてはいるが、長文が好きな読書家が壊滅したわけではない。

noteにおいては、短文よりもむしろ中身の濃い長文記事のほうが好まれるように思う。

書き手には作文力が求められるし、読み手には読解力が求められる。
だから長文を読み書きすることを苦痛に感じる人は自然と離脱していき、結果的にリテラシーの高いコミュニティが形成されているのではないだろうか。



理由その3 ユーザーに寄り添う運営

多くのSNSの運営は「場所は提供したよ。あとはマナーやルールを守って自由に使ってね」というスタンスだ。

つまりユーザーに対して積極的に介入することはなく、トラブルが起こった時に重い腰を上げて対処する。

しかしnoteはユーザーに積極的に寄り添う

下書きを保存すれば「また書きにきてくださいね」とやさしく送り出し、スキの数が一定数に到達すれば「あなたのおかげでnoteにスキがあふれています!」と褒めてくれるのだ。

また疑問点や質問を問い合わせると、マニュアル的な文章ではなく、しっかりと検証した上での丁寧な回答が返ってくる。

常にユーザーの「使いやすさ」「居心地の良さ」に気を配っている姿勢には脱帽だ。
もちろん時に改悪と言えるような仕様変更はあるものの、そうしたユーザーの苦情などもきちんと拾い、これからも進化していくのだろう。



noteにありがとうを言いたい

個人のブログを多くの人に読んでもらうのはとても難しい。
「誰にも読まれない」と分かっていて書き続けるのは苦行とさえ言える。

しかしnoteなら知名度0で始めても人の目に留まることがあり、読んでくれた人からのやさしいコメントに感激することもあるのだ。

また、多くの人の記事を読むことで心を動かされたり、新しい考えにハッとさせられることもある。

会ったこともない善人からの無数のやさしさに触れる度、私はできるだけ長く、このコミュニティで細々と活動していきたいと思う。

フォロワーのみなさん、そしてたまたまこの記事を読んでくださったみなさん、ありがとうございます。

特殊なネタや苦手なネタはどうぞスルーして頂いて構いませんので、雑多な記事の中に、あなたがくすっと笑えたり琴線に触れるような一文を残せたら本望です。

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