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【小説】 フリーレン

恥ずかしながら、「葬送のフリーレン」という名前だけ知っていた。
巷で話題のものに疎く、「これいいよ」と何かを勧められる度に「そうなんだ」と答えては、実際に行動に移すことはなかった。
漫画も映画も音楽も。好きな芸能人や食べ物、飲み物、洋服のブランド、アクセサリー、化粧品。この世にあるありとあらゆる対象に対して勧められる。
女子ならば。
「これいいよ」「あれよかったよ」という言葉一つ一つを繋げてく。
「この前行ったあの場所もすっごく良くて」
「そうなんだ」
私は会話を終わらせてしまう。
正しい回答とは
「そうなんだ、どんなところが良かった?」
と聞き返すことなのに。

金曜ロードショーでやると聞いた時、おすすめされたものがぐるりと回って私の前に現れたと思った。1周回って戻ってきました!という純粋な顔をして、対面した時にはたじろいだ。気まづそうにする私を見据えたかのように、真っ直ぐと迫り来る言葉たち。気づけば放送まで残り2日だった。
うんうん唸って仕事を終わらせて、帰宅している時も風呂に入っている時もドライヤーで髪を乾かしている時でさえ、見ることについて考えて、考え抜いた結果、見ることにした。テレビの前でつまみのチータラを開けながら、友人が言っていた言葉を思い出す。
「ほんっとうにいい話だから是非みてみて〜きっとあなたも気にいると思う」
彼女が言うのだから、きっと気にいるだろう。
そう、私のことをわかっている彼女のことだから、気にいるはずなのだ。
でも、どこかそんなのまだわからないじゃないとも思うのだ。
私の感覚は私のものでしかないのだから。
なんて、変なプライドがお邪魔してきた頃合いに、イントロが流れた。
しっとりとした音楽と流れるような美しいアニメーションが静かに部屋に満ちていった。

見終わった後や読み終わった後の余韻の中に浸る。
その時間こそ史上最高の贅沢だと考える私にとって、最高のものだった。
やはり、彼女は私をわかっていたのだと思い知る。
「何年友達やっとると思ってんのさ笑」
なんて言葉が聞こえてきそうだ。飲み終わったお酒の缶を潰しながら、皿を片付けていく。
「金曜ロードショーのいいところは、明日が休みなことだ」
「そうなの?」
「だって、罪悪感なく見ることができる。翌日の心配をすることも、気を散らされることもない。何かを見るということは、それだけそこに集中するということだからね、集中するためには環境を整えるしかないのさ」
「ふーん」
当時言っていた友人の言葉を振り返りながら窓を開けると、雲間から月が見えた。まるで少しご無沙汰していた友人が「ほら言ったでしょ」と言わんばかりの輝きで、思わず笑みが溢れる。
秋めいた夜風に当たりながら、次会う日取りを待ち遠しく思った。

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