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さよなら黒髪

年が明けて早2ヶ月が経った。仕事は毎日リモートとなり、緊急事態宣言を受け不要な外出も控え続けた。結果、家から出るのは週末の買い出しに行く時くらい。そんな日々が積み重なった結果からなのか、私の気まぐれなのかわからないけれど、とにかく変化したくなった。髪を染めたくなった。

美容院の予約画面に移り、日付と時間を予約する。馴染みのある美容師さんへ連絡することで、当日でも慌てないように準備した。だって気まぐれな私はもしかしたら当日になって変化することをチキってやめてしまうかもしれないから。それだけは避けたかった。何としても変わりたかったし、変わってもいいんじゃないかと思わせてくれたり、髪質について助言してくれるのはこの人だと思い、予約する。ロボットじゃなくて人に髪を切ってもらうのってそう言うことな気がした。予約完了画面が映ると、変化する日が決まったせいか心が踊った。それからふと、客観的に社会人にもなって大学生ぶりにイメチェンを測ろうとしている自分が面白くもあった。染めるまであと5日となった夜のことである。

ついに当日がやってきた。待ちに待った変化する日。変身する日。生まれ変わる日。私はドキドキしながら美容室に入る。美容院はいつもと変わらず受け入れてくれ、通された席に座る。そりゃ仕事だから店の前で断るなんてことはないだろうけど、その当たり前の流れだけでドキドキしていた。緊張半分楽しみ半分で、いわゆる心ここにあらずだった。目の前には最新刊の雑誌たち。鏡の前に映る黒髪の自分と目が合うと、スッと後ろにいつもの人がやってきた。

「今日はどうしますか?」

髪を染める旨を伝えると、私の髪質を思ってかこう言う薬はどうかだとかこう言う色はどうかとかアドバイスをしてくれた。プロが言うのならそれに間違いはない。その通り染めてくださいとお願いした。

全頭ブリーチをするのは久々で、薬を塗られた箇所からみるみるうちに脱色されていく。金髪になっていく。髪が濡れた状態だから張り付いた髪はさながらオールバックのサンドウィッチマン伊達のようだった。メガネをかければ完璧。出来上がりまで時間があるので雑誌をパラパラとめくり美味しそうな料理をピックアップする。家でも作れる簡単レシピなるものには、まず揃える材料から簡単ではなかった。どこで売っているんだと内心ツッコミを入れながらページをめくる。そうこうしているうちに髪が仕上がっていく。雑誌と鏡を行ったりきたりしながら染められた自分を想像し、楽しみでもあり不安でもある気持ちのせいか、目線は泳いでいた。

「出来ましたよ〜〜」

そう言われながらドライヤーを当てられた私の髪はそよそよと風に揺れ金髪に近いベージュになっていた。見た目ヤンキーの誕生である。変化できたことが嬉しくて、すごく良いですと言った。実際髪の透け感はとても綺麗だった。店を出てマフラーを巻く。さっきまで清楚系でいた格好のせいか、ショーウィンドウに映る自分の格好から髪が浮く。なるほど、髪色と服装はセットだとここで初めて痛感した。ヤンキーはヤンキーらしく整えられていたし、清楚は清楚らしく整えていたのだ。髪色を変えたら次は服か、揃えるって大変だ、などと思いながら足早に駅へ向かう。でもわざわざヤンキーっぽい服装に合わせる必要もないかと思い直す。そこまで完璧なヤンキーになりたい訳でもないし、ヤンキーを目指していた訳でもない。ただ少し変えたかっただけなのだ。日々の気分を。

変わった自分が嬉しくて、面白くて、変わった自分を良いと言ってくれるであろう人に伝えたくて小走りで横断歩道を渡る。白い梅の花が春の訪れを知らせるかのようにふわりと香った。

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