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【小説】 フードコート

そろりそろりと忍び寄る秋の気配がする。
それは、寝室から聞こえる鈴虫の音かもしれないし、店頭に並べられたハロウィンの文字からかもしれない。どこかそっと、何気なく誘導される秋がある。
改札の外を眺めるといつの間にか降っていた雨は上がり、あたりには雨上がり独特の濡れた木々の香りが立ち込めていた。思いっきり吸い込んだ空気が美味しい。
いい香り。
そんなことを感じながら、光の反射する水たまりを見ていたら、横から声がした。
「お待たせ〜」
そう言って現れた彼女は白のワンピースにジーンズとラフな姿で現れた。スニーカーがスポーティーさを引き立たせる。
「久しぶり〜元気?」
「うん、元気!リカは?」
「うん。元気ーいこっか」
待ち合わせしたところから歩き出すと、あっという間にパン屋さんのいい匂いがした。駅前にはパン屋が多い。
「パン屋さんのいい匂いだよね」
「そうだね、私も同じこと思ってた笑」
「さすが私たち笑」
そう言って笑いながら駅前のショッピングモールへ向かう。この上にはフードコートがあって、好きなものを選んで席で食べられるのだ。何にしようかと思いながら、口では全く関係ない話をする。
「今日雨あがったね」
「ほんとほんと、朝から止んでくれればよかったのにー」
「傘重いもんねー」
「ねー」
何気ない会話をしながらエスカレーターで上へ向かう。この辺りでも景色がいいと評判のフードコートは既にまばらに混んできていた。若い子供連れが多い。
「休日だもんねーちょっと人が多くなってきた」
「そうだねー」
「どこにしよっか?」
「あの窓辺あたりがいいんじゃない?カウンターだし、外の景色も見れるし」
「そうしよう!」
勢いで向かったカウンター席を2つ確保すると、それぞれ荷物を置いていく。私は置き傘を、彼女はハンカチを。
「席取りの時って何置いていっていいかわからないよね」
「うん、手持ちで置いておいてもいいものって必要だけど不必要みたいな曖昧な立ち位置のものだよね」
「こういうの、席取りに埋め込めたらいいのにね」
「?」
「席取り用のぬいぐるみとか!」
突然何を言い出したのかと思えば、とっぴな発想がやってくる。
「おお、そうだね笑」
「でもぬいぐるみだと汚れちゃうから、手でかざしたら席が取れる仕組みだったらいいのにね」
改善点を言いつつ答えると、確かに!と答えが返ってきた。こういう「かもしれない」話が楽しい。「あったらいいな、こんなもの」の1ページを現実に続けてやるような会話が好きだ。この空想話ができる間柄を大事にしたい。
「どれにする?」
「私はこれにする」
そういって指差したのは丸亀製麺だった。うどんは美味しい。
「私もそれにしようかな」
同じお店に並んでああだのこうだの話をする。並んでいる間に、メニューを眺めながら何にするのか考える。
いつも、相手に決定権を譲り自分が乗っかる形で生きてきた。
それこそが、最善策だと信じて疑わなかった。だって、家の中で私の意見は求められておらず聞く耳さえないのだから。育ってきた環境とは恐ろしい。
「あなたの意志はどこ?」という問題がふっと湧いて出てきたとしても、見ないフリ。だってその選択肢は選べない。
- カオナシみたいだね
- 現代人に多い特徴をカオナシと捉えているようですよね
- 欲だけで膨れ上がった姿をカオナシのようにと言う人もいまして
ふと目にしたテレビから流れるコメンテーターの言葉が昔の声とダブる。現実ってどこにあるんだろう。
「それでさ、xxxは今度どうするの?誕生日どこかいくの?」
投げかけられた言葉にハッとすると、リカはうどんを食べ終わっていた。
食べかけのうどんを箸で引き延ばしながら、曖昧に返事をして口元へ運ぶ。こしのある麺がツルッと喉の奥へ消えるとパチンと音がする。あたりを見渡すと誰かが箸を割った音だった。
つゆに反射した相手の顔をふと見つめたけれど顔がなくて、でも視線を戻したら彼女は笑っていた。同じような光景をどこかで見たような気がするけれど、忘れてしまった。フードコートで笑い合う家族の声が遠くで聞こえた気がした。

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