ハゲは勲章
今、仕事がなくて、もしくは子どもがずっと家にいて育児と仕事と家事を1日も休めず外にも行けず、ストレスで心がはち切れそうな人が溢れている。
限界。
そしてある日突然、自分の円形脱毛症に気づいてショックを受けてる人がたくさんいるらしいことをニュースでみた。
「え…毛が…ない・・・」
はじめての円形脱毛って想像以上にショック。
まず、見た目がショッキングだし、他人に見られたくないし、こんな事になるまでのストレスだったのかと改めて今の状況を呪うし、この程度のストレスに耐えられなかった自分を不甲斐なく感じるし。
とにかく、恥ずかしい。みっともない。隠したい。
だけど、円形脱毛症は別に恥ずかしいものなんかじゃない。それに生えてくる。時間はかかるけれど。
私は中学3年生の時に3箇所も、500円玉級の円形脱毛ができた。10円ハゲならぬ500円ハゲ。
クラスの女子グループから陰湿なイジメにあっていたのと、部活の顧問がとにかく理不尽な教師だったのと、その人が体育も担当していたので成績が心配だったのと、受験のストレスとで。
ただ、私の500円ハゲは後頭部だったから自分では気づかなかった。髪を下ろしていたからクラスメイトにも多分気づかれていなかったと思う。
ある日、グループの女の子たちに「明日はみんなでおさげ髪にしてお揃いの髪型にしよう!」と提案されたので、これ以上仲間はずれにされたくないし、単純に誘ってくれたのが嬉しくて、帰ってから母親に「明日はみんなで三つ編みして学校行くんだ!」と伝えたらギョッとした顔をされた。
そしておもむろにこう切り出された。
「なっちゃん、今ね、髪が数ヵ所抜けててね…自分で分け目作ったら多分見えちゃうと思うの。。明日ハゲてるところ避けながら分け目作って、おさげに出来るか今練習してみよう?」
え、なになに?!私いまハゲてるの?なんで?てゆーかどうやって?いつから??
パニックになったが、教えてもらった場所を触るとどこもかしこもツルツルなのだ。すべすべの感触が指先にヌルっと伝わる。不気味だった。
その夜は、櫛を使ってハゲてる場所を母が器用によけながら、髪を2つに分けておさげにする方法を探していた。どうやら櫛を通す経路のめどが立ったらしく、翌朝なんとかおさげにして登校した。
教室に着いた途端、私は絶望した。
誰もおさげ髪なんかしていない。
小さな声で「ほら見て、やっぱりしてきたよ」「ダッサ…」「うわ、本当にやってる」とクスクス笑っている。
はめられた。
もちろん大したことじゃないかもしれない。はめられたと言っても恥ずかしい髪型じゃないし。
でも悔しかった。知りたくなかった。自分のストレスの大きさ、円形脱毛症。それを必死で隠して子どもを守りたかった母親の気持ちを踏みにじられた。
くやしい。くやしい。くやしい。
なんで私はこんな奴らと、そうまでして仲良くしたがっているんだろう。なんで仲間はずれにされたくないんだろう。それでも1人が怖いのか?
ちがう、1人が怖いんじゃない。理不尽な境界線を引かれていることに納得したくないんだ。
そのくやしさとは裏腹に、何食わぬ顔をして笑顔で教室に入る。「おはよー!あれ〜!!みんな髪の毛結んでないじゃーん笑!」強がることが唯一の防御だった。泣いたら負けだ。
何も知らない男子がたくさん声をかけてくる。
「え!なっちゃんおさげ可愛い!」「三つ編み似合うね〜!」
その様子を見てまた女の子たちがひそひそし始める。「うわ、また男に媚び売ってるよ」「キモい女…」
微妙に聞こえるか聞こえないかくらいの声でいう。それがさらに私の心をえぐる。
媚びなんて売ってない。髪型を提案してきたのはそっちなのに。ていうかみんなも三つ編みにすればいいじゃん…褒められるよきっと。なんで文句を言われているのか全くわからない。
とにかく何か理由をつけてイヤミを言いたいだけなんだと思う。ただ目障りなんだろう、私という存在の全てが。
その日はそのままやり過ごした。帰宅すると母がいつもどおり出迎えてくれた。
正直その後のことはもう覚えていない。髪型について聞かれたような気はするけど、みんな結局やっていなかったことを伝えたかも知れないし、強がって何も伝えなかったかもしれない。
そして数日後、私のハゲはまた増えた。
これは軽めの例だが、毎日こんなことの繰り返しで心はボロボロだった。でも塾だけは楽しかった。先生は面白く勉強はやればやるほど結果が出る。学校だと100点を取るとひがまれるが、塾だと友だちも褒めてくれる。
間違ったところはお互いに教えあったりして、不得意なところを補完し合ったりする時間はとても充実していた。オシャレが好きだったから塾で自由な格好ができるのもストレス発散になっていた。
でも私の頭はツルツルなままだ。
そんなこんなで第一志望の高校に入学が決まりホッとする。ようやくこのクソみたいな中学生活から離れられる…。言葉は悪いが本当にそういう気持ちだった。
卒業式、みんなが別れを惜しみながら涙する中、私はやっとこの生活から解放される喜びで泣いた。今なら泣いても不自然じゃないから。存分に泣いてやる。
春休みが過ぎ、高校入学時の宿題をやっている頃、急に頭が無性にかゆくなってきた。
かゆいところを触ってみると、そこは私の500円ハゲのところだった。ニキビみたいにポツポツと荒れた感触のある中、チクチクとした感触が混じっていた。
ん?これは野球部の子の頭を触った時の感触と似てるぞ?……髪か……?
どのハゲも後頭部なので確認できない。母に見てもらうと「あはは!なんかチクチク髪生えとうで!良かったねぇ!」
なぜか笑われた。多分すごく滑稽な生え方をしていたんだと思う。だけどそれもなんだか嬉しかった。
笑えるくらいのハゲ方なんだな、と。
夏が過ぎ、少し肌寒くなったころ。髪型が落ち着かなくなってきた。なんかごわつくのだ。変なところが飛び出る。整髪料で抑えようと思っても収まらない。
そう、いつのまにかハゲたち全員が生えそろい、短い毛が長い毛を押し出して変なところが飛び出るようになっていたのだ。
「バーカ。」
ポロっと口をついて出た。何に対してなのかわからない。ハゲに対してなのか、かつてのストレスの原因に対してなのか、悩んでいた自分に対してなのか。
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私は今でもハゲと共に生きている。
仕事でもプライベートでも、人間関係に少しでもストレスを抱えると、すぐに髪に出る。
中学以来、私の頭にハゲが無い時はない。そんな自分の精神の弱さに嫌気がさすし、「なんで抜けるんだ?さすがに今回のはそんなに大したストレスじゃないぞ?」と思う場合もある。
でも抜けるもんは抜ける。だからもう毛が抜けること自体は諦めている。ま、いっか、生えるし。
もし今、ストレスで髪が抜け落ち、そのことにショックを受け、さらにその脱毛がストレスになってしまっている人がいるなら聞いてほしい。
髪が抜けちゃうのはあなたが弱いからじゃない。その弱さをどこにも出せずに頑張って強くあろうとしているからだ。
なんとか「良い自分であろう」としているからだ。それでも繊細なあなたの身体は悲鳴のサインを出している。
自分のストレスの大きさに驚いてショックを受けなくて大丈夫。「ああ、自分はこんなに繊細だったんだな、かわいいもんだな」と思ってやって。
そして、こんなにもストレスを抱えていたんだなと受け入れて。「みんなもやってることなのに!自分だけがハゲるほどに弱っているなんてみっともない!」なんて思わないで。
心の入れ物は無限ではない。
「自分の気持ち」というのは大抵、自分でコントロールしきれないくらい、とっても自由で、ひとつの体で抱えるには大きすぎるものなのだ。
受け入れて、そして逃がして。誰にでもいいからそのストレスを話して。信頼できる人に。そんな人がいなければ枕に向かってでもいい。
もう限界ですよね。強くあろうとしてるあなたは充分それだけで優しい。
そのハゲた頭は、あなたの勲章です。
だから、悩まないで。いつか、あなたの心が健康になったときにちゃんと一緒に生えてくる。
笑えるくらいチクチクの、今よりずっとみっともない姿で。
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